頤《あご》から頭なりに、首を一つぐるりと振って、交《かわ》る交《がわ》るに緩く舞う。舞果てると鼻の尖《さき》に指を立てて臨兵闘者云々《りんぺいとうしゃうんぬん》と九字を切る。一体、悪魔を払う趣意だと云うが、どうやら夜陰のこの業体《ぎょうてい》は、魑魅魍魎《ちみもうりょう》の類を、呼出し招き寄せるに髣髴《ほうふつ》として、実は、希有《けぶ》に、怪しく不気味なものである。
 しかもちと来ようが遅い。渠等《かれら》は社《やしろ》の抜裏の、くらがり坂とて、穴のような中を抜けてふとここへ顕《あらわ》れたが、坂下に大川一つ、橋を向うへ越すと、山を屏風《びょうぶ》に繞《めぐ》らした、翠帳紅閨《すいちょうこうけい》の衢《ちまた》がある。おなじ時に祭だから、宵から、その軒、格子先を練廻《ねりまわ》って、ここに時おくれたのであろう。が、あれ、どこともなく瀬の音して、雨雲の一際黒く、大《おおい》なる蜘蛛の浸《にじ》んだような、峰の天狗松の常燈明の一つ灯《び》が、地獄の一つ星のごとく見ゆるにつけても、どうやら三体の通魔めく。
 渠等は、すっと来て通り際《しな》に、従七位の神官の姿を見て、黙って、言い合せたよう
前へ 次へ
全34ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング