》に逸《はや》るのを、仰向《あおむ》けに、ドンと蹴倒《けたお》いて、
「汚《けが》れものが、退《しさ》りおれ。――塩を持て、塩を持てい。」
 いや、小児《こども》等は一すくみ。
 あの顔一目で縮み上る……
 が、大人《うし》に道徳というはそぐわぬ。博学深識の従《じゅ》七位、花咲く霧に烏帽子は、大宮人の風情がある。
「火を、ようしめせよ、燠《おき》が散るぞよ。」
 と烏帽子を下向けに、その住居《すまい》へ声を懸けて、樹の下を出しなの時、
「雨はどうじゃ……ちと曇ったぞ。」と、密《そ》と、袖を捲《ま》きながら、紅白の旗のひらひらする、小松大松のあたりを見た。
「あの、大旗が濡れてはならぬが、降りもせまいかな。」
 と半ば呟《つぶや》き呟き、颯《さっ》と巻袖の笏《しゃく》を上げつつ、とこう、石の鳥居の彼方《かなた》なる、高き帆柱のごとき旗棹《はたざお》の空を仰ぎながら、カタリカタリと足駄を踏んで、斜めに木の鳥居に近づくと、や! 鼻の提灯《ちょうちん》、真赤《まっか》な猿の面《つら》、飴屋《あめや》一軒、犬も居《お》らぬに、杢若が明《あきら》かに店を張って、暗がりに、のほんとしている。
 馬鹿
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