が拍手《かしわで》を拍《う》った。
「御前様《ごぜんさま》。」
「杢か。」
「ひひひひひ。」
「何をしておる。」
「少しも売れませんわい。」
「馬鹿が。」
 と夜陰に、一つ洞穴《ほら》を抜けるような乾《から》びた声の大音で、
「何を売るや。」
「美しい衣服《べべ》だがのう。」
「何?」
 暗《やみ》を見透かすようにすると、ものの静かさ、松の香が芬《ぷん》とする。

       六

 鼠色の石持《こくもち》、黒い袴《はかま》を穿《は》いた宮奴《みやっこ》が、百日紅《さるすべり》の下に影のごとく踞《うずく》まって、びしゃッびしゃッと、手桶《ておけ》を片手に、箒《ほうき》で水を打つのが見える、と……そこへ――
 あれあれ何じゃ、ばばばばばば、と赤く、かなで書いた字が宙に出て、白い四角な燈《あかり》が通る、三箇の人影、六本の草鞋《わらじ》の脚。
 燈《ともしび》一つに附着合《くッつきあ》って、スッと鳥居を潜《くぐ》って来たのは、三人|斉《ひと》しく山伏なり。白衣《びゃくえ》に白布の顱巻《はちまき》したが、面《おもて》こそは異形《いぎょう》なれ。丹塗《にぬり》の天狗に、緑青色《ろくしょういろ
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