入口に、新しい石の鳥居の前に立った、白い幟《のぼり》の下に店を出して、そこに鬻《ひさ》ぐは何等のものぞ。
 河豚《ふぐ》の皮の水鉄砲。
 蘆《あし》の軸に、黒斑《くろぶち》の皮を小袋に巻いたのを、握って離すと、スポイト仕掛けで、衝《つッ》と水が迸《ほとばし》る。
 鰒《ふぐ》は多し、また壮《さかん》に膳《ぜん》に上す国で、魚市は言うにも及ばず、市内到る処の魚屋の店に、春となると、この怪《あやし》い魚《うお》を鬻《ひさ》がない処はない。
 が、おかしな売方、一頭々々《ひとつひとつ》を、あの鰭《ひれ》の黄ばんだ、黒斑なのを、ずぼんと裏返しに、どろりと脂ぎって、ぬらぬらと白い腹を仰向《あおむ》けて並べて置く。
 もしただ二つ並ぼうものなら、切落して生々しい女の乳房だ。……しかも真中《まんなか》に、ズキリと庖丁目を入れた処が、パクリと赤黒い口を開《あ》いて、西施《せいし》の腹の裂目を曝《さら》す……
 中から、ずるずると引出した、長々とある百腸《ひゃくひろ》を、巻かして、束《つか》ねて、ぬるぬると重ねて、白腸《しろわた》、黄腸《きわた》と称《とな》えて売る。……あまつさえ、目の赤い親仁《おやじ
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