腰をゆするが、蘆毛《あしげ》よ。(振向く)お厩《うまや》が近うなって、和《わ》どのの足はいよいよ健かに軽いなあ。この裏坂《うらざか》を帰らいでも、正面の石段、一飛びに翼《つばさ》の生じた勢《いきおい》じゃ。ほう、馬に翼が生《は》えて見い。われらに尻尾《しっぽ》がぶら下る……きゃッきゃッきゃッ。いや化《ばけ》の皮の顕われぬうちに、いま一献《いっこん》きこしめそう。待て、待て。(馬柄杓《まびしゃく》を抜取る)この世の中に、馬柄杓などを何《なん》で持つ。それ、それこのためじゃ。(酒を酌《く》む)ととととと。(かつ面を脱ぐ)おっとあるわい。きゃッきゃッきゃッ。仕丁《しちょう》めが酒を私《わたくし》するとあっては、御前《おんまえ》様、御機嫌むずかしかろう。猿が業《わざ》と御覧《ごろう》ずれば仔細《しさい》ない。途《みち》すがらも、度々《たびたび》の頂戴《ちょうだい》ゆえに、猿の面も被ったまま、脱いでは飲み被っては飲み、質《しち》の出入《だしい》れの忙《せわ》しい酒じゃな。あはははは。おおおお、竜《たつ》の口《くち》の清水《しみず》より、馬の背の酒は格別じゃ、甘露甘露。(舌鼓《したつづみ》うつ)た
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