ってお上げ。(巫女受取って手箱に差置く)――お沢さん、あなたの頼みは分りました。一念は届けて上げます。名高い俳優《やくしゃ》だそうだけれど、私《わたし》は知りません、何処《どこ》に、いま何をしていますか。
巫女 今日《きょう》、今夜――唯今の事は、海山《うみやま》百里も離れまして、この姉《あね》さまも、知りますまい。姥が申上げましょう。
媛神 聞きましょう――お沢さん、その男の生命《いのち》を取るのだね。
お沢 今さら、申上げますも、空恐《そらおそろ》しうございます、空恐しう存じあげます。
媛神 森の中でも、この場でも、私《わたし》に頼むのは同じ事。それとも思い留《とま》るのかい。
お沢 いいえ、私《わたし》の生命《いのち》をめされましても、一念だけは、あの一念だけは。――あんまり男の薄情さ、大阪へも、追縋《おいすが》って参りましたけれど、もう……男は、石とも、氷とも、その冷たさはありません。口も利《き》かせはいたしません。
巫女 いやみ、つらみや、怨《うら》み、腹立ち、怒《おこ》ったりの、泣きついたりの、口惜《くや》しがったり、武《む》しゃぶりついたり、胸倉《むなぐら》を取ったりの、
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