れ果てて聞くぞ、婦《おんな》。――その釘を刺した形代《かたしろ》を、肌に当てて居睡《いねむ》った時の心持は、何とあった。
お沢 むずむず痒《かゆ》うございました。
禰宜 何《なん》じゃ藁人形をつけて……肌が痒い。つけつけと吐《ぬか》す事よ。これは気が変になったと見える。
お沢 いいえ、夢は地獄の針の山。――目の前に、茨に霜の降《ふ》りましたような見上げる崖《がけ》がありまして、上《あが》れ上れと恐しい二つの鬼に責められます。浅ましい、恥しい、裸身《はだかみ》に、あの針のざらざら刺さるよりは、鉄棒《かなぼう》で挫《くじ》かれたいと、覚悟をしておりましたが、馬が、一頭《ひとつ》、背後《うしろ》から、青い火を上げ、黒煙《くろけむり》を立てて駈《か》けて来て、背中へ打《ぶ》つかりそうになりましたので、思わず、崖へころがりますと、形代《かたしろ》の釘でございましょう、針の山の土が、ずぶずぶと、この乳《ちち》へ……脇《わき》の下へも刺《ささ》りましたが、ええ、痛いのなら、うずくのなら、骨が裂けても堪《こた》えます。唯くわッと身うちがほてって、その痒《かゆ》いこと、むず痒さに、懐中《ふところ》へ手を
前へ 次へ
全55ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング