、三宝《さんぽう》にのったものは、あとで、食べるのは、あなた方《がた》ではありませんか。
神職 えっ、えっ、それは決して正しき神のお言葉ではない。(わななきながら八方《はっぽう》を礼拝《らいはい》す。禰宜《ねぎ》、仕丁《しちょう》、同じく背《そむ》ける方《かた》を礼拝す。)
媛神 邪《よこしま》な神のすることを御覧――いま目《ま》のあたりに、悪魔、鬼畜と罵《ののし》らるる、恋の怨《うらみ》の呪詛《のろい》の届く験《しるし》を見せよう。(静《しずか》に階《きざはし》を下《お》りてお沢に居寄《いよ》り)ずっとお立ち――私《わたし》の袖に引添うて、(巫女《みこ》に)姥《うば》、弓をお持ちか。
巫女 おお、これに。(梓《あずさ》の弓を取り出す。)
媛神 (お沢に)その弓をお持ちなさい。(簪《かんざし》の箭《や》を取って授けつつ)楊弓《ようきゅう》を射るように――釘《くぎ》を打って呪詛《のろ》うのは、一念の届くのに、三月《みつき》、五月《いつつき》、三|年《ねん》、五年、日と月と暦《こよみ》を待たねばなりません。いま、見るうちに男の生命《いのち》を、いいかい、心をよく静めて。――唐輪《からわ》。(女の童《わらべ》を呼ぶ)その鏡を。(女の童は、錦をひらく。手にしつつ)――的《まと》、的、的です。あれを御覧。(空《そら》ざまに取って照らすや、森々《しんしん》たる森の梢《こずえ》一処《ひとところ》に、赤き光|朦朧《もうろう》と浮き出《い》づるとともに、テントツツン、テントツツン、下方《したかた》かすめて遥《はるか》にきこゆ)……見えたか。
お沢 あれあれ、彼処《あすこ》に――憎らしい。ああ、お姫様。
媛神 ちゃんとお狙《ねら》い。
お沢 畜生《ちくしょう》!(切って放つ。)
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一陣の迅《はや》き風、一同|聳目《しょうもく》し、悚立《しょうりつ》す。
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巫女 お見事や、お見事やの。(しゃがれた笑《わらい》)おほほほほ。(凄《すご》く笑う。)
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吹《ふき》つのる風の音|凄《すさ》まじく、荒波の響きを交う。舞台暗黒。少時《しばらく》して、光さす時、巫女。ハタと藁人形を擲《なげう》つ。その位置の真上より振袖落ち、紅《くれない》の裙《すそ》翻り、道成寺の白拍子の姿、一たび宙に流れ、きりきりと舞いつつ真倒《まっさかさ》に落つ。もとより、仕掛けもの造りものの人形なるべし。神職、村人ら、立騒ぐ。
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お沢 ああ、どうしましょう、あれ、(その胸、その手を捜ろうとして得ず、空《むな》しく掻捜《かいさぐ》るのみ。)
媛神 それは幻、あなたの鏡に映るばかり、手に触《さわ》るのではありません。
お沢 ああ唯貴女のお姿ばかり、暗い思《おもい》は晴れました。媛神《ひめがみ》様、お嬉しう存じます。
丁々坊 お使いのもの!(森の梢に大音《だいおん》あり)――お髪《ぐし》の御矢《おんや》、お返し申し上ぐる。……唯今。――(梢より先ず呼びて、忽ち枝より飛び下《くだ》る。形は山賤《やまがつ》の木樵《きこり》にして、翼《つばさ》あり、面《おもて》は烏天狗《からすてんぐ》なり。腰に一挺《いっちょう》の斧《おの》を帯ぶ)御矢をばそれへ。――(女の童《わらべ》。階《きざはし》を下《お》り、既にもとにつつみたる、錦の袋の上に受く。)
媛神 御苦労ね。
巫女 我折《がお》れ、お早い事でござりましたの。
丁々坊 瞬《またた》く間《ま》というは、凡《およ》そこれでござるな。何が、芝居《しばい》は、大山《おおやま》一つ、柿《かき》の実《みの》ったような見物でござる。此奴《こやつ》、(白拍子)別嬪《べっぴん》かと思えば、性《しょう》は毛むくじゃらの漢《おのこ》が、白粉《おしろい》をつけて刎《は》ねるであった。
巫女 何を、何を言うぞいの。何ごとや――山にばかりおらんと世の中を見さっしゃれ、人が笑いますに。何を言うぞいの。
丁々坊 何か知らぬが、それは措《お》け。はて、何《なん》とやら、テンツルテンツルテンツルテンか、鋸《のこぎり》で樹《き》をひくより、早間《はやま》な腰を振廻《ふりまわ》いて。やあ。(不器用千万なる身ぶりにて不状《ぶざま》に踊りながら、白拍子のむくろを引跨《ひんまた》ぎ、飛越え、刎越《はねこ》え、踊る)おもえばこの鐘うらめしやと、竜頭《りゅうず》に手を掛け飛ぶぞと見えしが、引《ひっ》かついでぞ、ズーンジャンドンドンジンジンジリリリズンジンデンズンズン(刎上《はねあが》りつつ)ジャーン(忽《たちま》ち、ガーン、どどど凄《すさま》じき音す。――神職ら腰をつく。丁々坊《ちょうちょうぼう》、落着き済まして)という
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