》。」村人は饒舌《しゃべ》り立つ。太鼓は座につき、早《は》や笛きこゆ。その二、三人はやにわにお沢の衣《きぬ》に手を掛く。――
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お沢 ああ、まあ、まあ。
神職 構わず引剥《ひきは》げ。裸体《はだか》のおかめだ。紅《あか》い二布《ふたの》……湯具《ゆぐ》は許せよ。
仕丁 腰巻《こしまき》、腰巻……(手伝いかかる。)
禰宜 おこしなどというのじゃ。……汚《よご》れておろうかの。
後見 この婦なら、きれいでがすべい。
お沢 (身悶《みもだ》えしながら)堪忍して下さいまし、堪忍して下さいまし、そればかりは、そればかりは。
神職 罷成《まかりな》らん! 当社《とうやしろ》の掟《おきて》じゃ。が、さよういたした上は、追放《おっぱな》して許して遣る。
お沢 どうぞ、このままお許し下さいまし、唯お目の前を離れましたら、里へも家へも帰らずに、あの谿河《たにがわ》へ身を投げて、死《しん》でお詫《わび》をいたします。
神職 水は浅いわ。
お沢 いいえ、あの急な激しい流れ、巌《いわ》に身体《からだ》を砕いても。――ええ、情《なさけ》ない、口惜《くちおし》い。前刻《さっき》から幾度《いくたび》か、舌を噛《か》んで、舌を噛んで死のうと思っても、三日、五日、一目も寝ぬせいか、一枚も欠けない歯が皆|弛《ゆる》んで、噛切《かみき》るやくに立ちません。舌も縮んで唇《くちびる》を、唇を噛むばかり。(その唇より血を流す。)
神職 いよいよ悪鬼の形相《ぎょうそう》じゃ。陽を以って陰を払う。笛、太鼓、さあ、囃せ。引立てろ。踊らせい。
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とりどりに、笛、太鼓の庭につきたるが、揃《そろ》って音《ね》を入《い》る。
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お沢 (村人らに虐《しいた》げられつつ)堪忍ね、堪忍、堪忍して、よう。堪忍……あれえ。
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からりと鳴って、響くと斉《ひと》しく、金色《こんじき》の機《はた》の梭《ひ》、一具宙を飛落《とびお》つ。一同|吃驚《きっきょう》す。社殿の片扉《かたとびら》、颯《さっ》と開《ひら》く。
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巫女 (階《きざはし》を馳《は》せ下《くだ》る。髪は姥子《おばこ》に、鼠小紋《ねずみこもん》の紋着《もんつき》、胸に手箱を掛けたり。馳せ出《い》でつつ、その落ちたる梭を取って押戴《おしいただ》き、社頭に恭礼し、けいひつを掛く)しい、……しい……しい。……
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一同|茫然《ぼうぜん》とす。
御堂《みどう》正面の扉、両方にさらさらと開《ひら》く、赤く輝きたる光、燦然《さんぜん》として漲《みなぎ》る裡《うち》に、秘密の境《きょう》は一面の雪景《せっけい》。この時ちらちらと降りかかり、冬牡丹《ふゆぼたん》、寒菊《かんぎく》、白玉《しらたま》、乙女椿《おとめつばき》の咲満《さきみ》てる上に、白雪《しらゆき》の橋、奥殿にかかりて玉虹《ぎょっこう》の如きを、はらはらと渡り出《い》づる、気高《けだか》く、世にも美しき媛神《ひめがみ》の姿見ゆ。
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媛神 (白がさねして、薄紅梅《うすこうばい》に銀のさや形《がた》の衣《きぬ》、白地《しろじ》金襴《きんらん》の帯。髻《もとどり》結いたる下髪《さげがみ》の丈《たけ》に余れるに、色|紅《くれない》にして、たとえば翡翠《ひすい》の羽《はね》にてはけるが如き一条《ひとすじ》の征矢《そや》を、さし込みにて前簪《まえかんざし》にかざしたるが、瓔珞《ようらく》を取って掛けし襷《たすき》を、片はずしにはずしながら、衝《つ》と廻廊の縁に出《い》づ。凛《りん》として)お前たち、何をする。
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――(一同ものも言い得ず、ぬかずき伏す。少しおくれて、童男《どうだん》と童女《どうじょ》と、ならびに、目一つの怪しきが、唐輪《からわ》と切禿《きりかむろ》にて、前なるは錦《にしき》の袋に鏡を捧げ、後《あと》なるは階《きざはし》を馳《は》せ下《くだ》り、巫女《みこ》の手より梭《ひ》を取り受け、やがて、欄干《らんかん》擬宝珠《ぎぼうしゅ》の左右に控う。媛神、立直《たてなお》りて)――お沢さん、お沢さん。
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巫女 (取次ぐ)お女中《じょちゅう》、可恐《おそろし》い事はないぞな、はばかり多《おお》や、畏《かしこ》けれど、お言葉ぞな、あれへの、おん前《まえ》への。
お沢 はい――はい……
媛神 まだ形代《かたしろ》を確《しっか》り持っておいでだね。手がしびれよう。姥《うば》、預
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