入れて、うっかり払いましたのが、つい、こぼれて、ああ、皆さんのお目に留《とま》ったのでございます。
神職 はて、しぶとい。地獄の針の山を、痒がる土根性《どこんじょう》じゃ。茨の鞭では堪《こた》えまい。よい事を申したな、別に御罰《ごばつ》の当てようがある。何よりも先ず、その、世に浅ましい、鬼畜のありさまを見しょう。見よう。――御身《おみ》たちもよく覚えて、お社近《やしろぢか》い村里《むらざと》の、嫁、嬶々《かか》、娘の見せしめにもし、かつは郡《こおり》へも町へも触れい。布気田《ふげた》。
禰宜 は。
神職 じたばたするなりゃ、手取《てど》り足取り……村の衆《しゅ》にも手伝《てつだ》わせて、その婦《おんな》の上衣《うわぎ》を引剥《ひきは》げ。髪を捌《さば》かせ、鉄輪《かなわ》を頭に、九つか、七つか、蝋燭を燃《とも》して、めらめらと、蛇の舌の如く頂かせろ。
仕丁 こりゃ可《よ》い、可い。最上等の御分別《ごふんべつ》。
神職 退《さが》れ、棚村。さ、神の御心《みこころ》じゃ、猶予《ためら》うなよ。
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――渠《かれ》ら、お沢を押取《おっとり》込めて、そのなせる事、神職の言《げん》の如し。両手を扼《とりしば》り、腰を押して、真《ま》正面に、看客《かんかく》にその姿を露呈す。――
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お沢 ヒイ……(歯を切《しば》りて忍泣《しのびな》く。)
神職 いや、蒼《あお》ざめ果てた、がまだ人間の婦《おんな》の面《つら》じゃ。あからさまに、邪慳《じゃけん》、陰悪の相を顕わす、それ、その般若《はんにゃ》、鬼女《きじょ》の面を被せろ。おお、その通り。鏡も胸に、な、それそれ、藁人形、片手に鉄槌。――うむその通り。一度、二度、三度、ぐるぐると引廻したらば、可《よし》。――何《なん》と、丑《うし》の刻《とき》の咒詛《のろい》の女魔《にょま》は、一本|歯《ば》の高下駄《たかげた》を穿《は》くと言うに、些《ち》ともの足りぬ。床几《しょうぎ》に立たせろ、引上げい。
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渠《かれ》は床几を立つ。人々お沢を抱《だき》すくめて床几に載《の》す。黒髪高く乱れつつ、一本《ひともと》の杉の梢《こずえ》に火を捌《さば》き、艶媚《えんび》にして嫋娜《しなやか》なる一個の鬼女《きじょ》、すっくと立つ――
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お沢 ええ! 口惜《くや》しい。(殆《ほとん》ど痙攣的《けいれんてき》に丁《ちょう》と鉄槌を上げて、面《おもて》斜めに牙《きば》白く、思わず神職を凝視す。)
神職 (魔を切るが如く、太刀《たち》を振《ふり》ひらめかしつつ後退《あとずさ》る)したたかな邪気じゃ、古今の悪気《あくき》じゃ、激《はげし》い汚濁じゃ、禍《わざわい》じゃ。(忽《たちま》ち心づきて太刀を納め、大《おおい》なる幣を押取《おっと》って、飛蒐《とびかか》る)御神《おんかみ》、祓《はら》いたまえ、浄めさせたまえ。(黒髪のその呪詛《のろい》の火を払い消さんとするや、かえって青き火、幣に移りて、めらめらと燃上り、心火と業火《ごうか》と、もの凄《すご》く立累《たちかさな》る)やあ、消せ、消せ、悪火《あくび》を消せ、悪火を消せ。ええ、埒《らち》あかぬ。床《ゆか》ぐるみに蹴落《けおと》さぬかいやい。(狼狽《うろたえ》て叫ぶ。人々床几とともに、お沢を押落《おしおと》し、取包んで蝋燭の火を一度に消す。)
お沢 (崩折《くずお》れて、倒れ伏す。)
神職 (吻《ほっ》と息して)――千慮の一失。ああ、致《いた》しようを過《あやま》った。かえって淫邪の鬼の形相《ぎょうそう》を火で明かに映し出した。これでは御罰《ごばつ》のしるしにも、いましめにもならぬ。陰惨|忍刻《にんこく》の趣は、元来、この婦《おんな》につきものの影であったを、身ほどのものが気付かなんだ。なあ、布気田《ふげた》。よしよし、いや、村の衆《しゅ》。今度は鬼女、般若の面のかわりに、そのおかめの面を被せい、丑《うし》の刻参《ときまいり》の装束《しょうぞく》を剥《は》ぎ、素裸《すはだか》にして、踊らせろ。陰を陽に翻すのじゃ。
仕丁 あの裸踊《はだかおどり》、有難い。よい慰み、よい慰み。よい慰み!
神職 退《さが》れ、棚村。慰みものではないぞ、神の御罰じゃ。
禰宜 踊りましょうかな。ひひひ。(ニヤリニヤリと笑う。)
神職 何さ、笛、太鼓で囃《はや》しながら、両手を引張《ひっぱ》り、ぐるぐる廻しに、七度《ななたび》まで引廻して突放せば、裸体《らたい》の婦《おんな》だ、仰向けに寝はせまい。目ともろともに、手も足も舞《まい》踊ろう。
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「遣《や》るべい、」「遣れ。」「悪魔退散の御祈祷《ごきとう
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