いますか、胸騒《むなさわ》ぎがしますまで。……
禰宜 いや、胸騒ぎが凄《すさま》じい、男を呪詛《のろ》うて、責殺《せめころ》そうとする奴が。
お沢 あの、人に見つかりますか、鳥獣《とりけもの》にも攫《さら》われます。故障が出来そうでなりません。それで……身につけて出ましたのです。そして……そして……お神《かん》ぬし様、皆様、誰方《どなた》様も――憎い口惜《くや》しい男の五体に、五寸釘を打ちますなどと、鬼でなし、蛇《じゃ》でなし、そんな可恐《おそろし》い事は、思って見もいたしません。可愛《かわい》い、大事な、唯一人の男の児《こ》が煩《わずら》っておりますものですから、その病を――疫病《やくびょう》がみを――
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「ええ。」「疫病|神《がみ》。」村人《むらびと》らまた退《しさ》る。
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神職 疫病神を――
お沢 はい、封じます、その願掛《がんが》けなんでございますもの。
神職 町にも、村にも、この八里四方、目下《もっか》疱瘡《ほうそう》も、はしかもない、何の疾《やまい》だ。
お沢 はい……
禰宜 何病じゃ。
お沢 はい、風邪《かぜ》を酷《ひど》くこじらしました。
神職 (嘲笑《あざわら》う)はてな、風に釘を打てば何《なん》になる、はてな。
禰宜 はてな、はてな。
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村人らも引入れられ、小首を傾くる状《さま》、しかつめらし。
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仕丁 はあ、皆様、奴凧《やっこだこ》が引掛《ひっかか》るでござりましょうで。
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――揃《そろ》って嘲《あざけ》り笑う。――
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神職 出来た。――掛《かか》ると言えば、身《み》たちも、事件に引掛りじゃ。人の一命にかかわる事、始末をせねば済まされない。……よくよく深く企《たく》んだと見えて――見い、その婦《おんな》、胸も、膝《ひざ》も、ひらしゃらと……(お沢、いやが上にも身を細め、姿の乱れを引《ひき》つくろい引つくろい、肩、袖、あわれに寂しく見ゆ)余りと言えば雪よりも白い胸、白い肌《はだ》、白い膝と思うたれば、色もなるほど白々《しろじろ》としたが、衣服の下に、一重《ひとえ》か、小袖か、真白い衣《きぬ》を絡《まと》いいる。魔の女め、姿まで調《ととの》えた。あれに(肱《ひじ》長く森を指《さ》す)形代《かたしろ》を礫《はりつけ》にして、釘を打った杉のあたりに、如何《いか》ような可汚《けがらわ》しい可忌《いまいま》しい仕掛《しかけ》があろうも知れぬ。いや、御身《おみ》たち、(村人と禰宜《ねぎ》にいう)この婦《おんな》を案内に引立《ひった》てて、臨場裁断と申すのじゃ。怪しい品々《しなじな》かっぽじって来《こ》られい。証拠の上に、根から詮議《せんぎ》をせねばならぬ。さ、婦、立てい。
禰宜 立とう。
神職 許す許さんはその上じゃ。身は――思う旨《むね》がある。一度社宅から出直す。棚村《たなむら》は、身ととも参れ。――村の人も婦を連れて、引立《ひった》てて――
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村人ら、かつためらい、かつ、そそり立ち、あるいは捜し、手近きを掻取《かきと》って、鍬《くわ》、鋤《すき》の類《たぐい》、熊手、古箒など思い思いに得ものを携う。
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後見 先へ立て、先へ立とう。
禰宜 箒で、そのやきもちの頬《ほお》を敲《たた》くぞ、立ちませい。
お沢 (急に立って、颯《さっ》と森に行く。一同|面《おもて》を見合すとともに追って入《い》る。神職と仕丁は反対に社宅―舞台|上《うえ》には見えず、あるいは遠く萱《かや》の屋根のみ―に入《い》る。舞台|空《むな》し。落葉もせず、常夜燈《じょうやとう》の光|幽《かすか》に、梟《ふくろう》。二度ばかり鳴く。)
神職 (威儀いかめしく太刀《たち》を佩《は》き、盛装して出《い》づ。仕丁相従い床几《しょうぎ》を提《ひっさ》げ出《い》づ。神職。厳《おごそか》に床几に掛《かか》る。傍《かたわら》に仕丁|踞居《つくばい》て、棹尖《さおさき》に剣《けん》の輝ける一流の旗を捧《ささ》ぐ。――別に老いたる仕丁。一人。一連の御幣《ごへい》と、幣ゆいたる榊《さかき》を捧げて従う。)
お沢 (悄然《しょうぜん》として伊達巻《だてまき》のまま袖を合せ、裾《すそ》をずらし、打《うち》うなだれつつ、村人らに囲まれ出《い》づ。引添える禰宜の手に、獣《けもの》の毛皮にて、男枕《おとこまくら》の如くしたる包《つつみ》一つ、怪《あやし》き紐《ひも》にてかがりたるを不気味《ぶきみ》らしく提《さ》げ来り、
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