を掻払《かいはら》う)六根清浄《ろっこんしょうじょう》、澄むらく、浄《きよ》むらく、清らかに、神に仕うる身なればこそ、この邪《よこしま》を手にも取るわ。御身《おみ》たちが悪く近づくと、見たばかりでも筋骨《すじぼね》を悩み煩《わず》らうぞよ。(今度は悠然《ゆうぜん》として階《きざはし》を下《くだ》る。人々は左右に開く)荒《あら》び、すさみ、濁り汚れ、ねじけ、曲れる、妬婦《ねたみおんな》め、われは、先ず何処《いずこ》のものじゃ。
お沢 (もの言わず。)
神職 人の娘か。
お沢 (わずかに頭《かぶり》ふる。)
神職 人妻《ひとづま》か。
禰宜 人妻にしては、艶々《つやつや》と所帯気《しょたいげ》が一向《いっこう》に見えぬな。また所帯せぬほどの身柄《みがら》とも見えぬ。妾《めかけ》、てかけ、囲《かこい》ものか、これ、霊験《あらたか》な神の御前《みまえ》じゃ、明かに申せ。
お沢 はい、何も申しませぬ、ただ(きれぎれにいう)お恥《はずか》しう存じます。
神職 おのれが恥を知る奴か。――本妻正室と言わばまた聞こえる。人のもてあそびの腐れ爛《ただ》れ汚《よご》れものが、かけまくも畏《かしこ》き……清く、美しき御神《おんかみ》に、嫉妬《しっと》の願《ねがい》を掛けるとは何事じゃ。
禰宜 これ、速《すみやか》におわびを申し、裸身《はだかみ》に塩をつけて揉《も》んでなりとも、払い浄《きよ》めておもらい申せ。
神職 いや布気田《ふげた》、(禰宜の名)払い清むるより前に、第一は神の御罰《ごばつ》、神罰じゃ。御神《おんかみ》の御心《みこころ》は、仕え奉る神《かん》ぬしがよく存じておる。――既に、草刈り、柴《しば》刈りの女なら知らぬこと、髪、化粧《けわい》し、色香《いろか》、容《かたち》づくった町の女が、御堂《みどう》、拝殿とも言わず、この階《きざはし》に端近《はしぢか》く、小春《こはる》の日南《ひなた》でもある事か。土も、風も、山気《さんき》、夜とともに身に沁《し》むと申すに。――
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神楽の人々。「酔《よい》も覚《さ》めて来た」「おお寒《さむ》」など、皆《みんな》、襟《えり》、袖を掻合《かきあ》わす。
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神職 ……居眠りいたいて、ものもあろうず、棺《かん》の蓋《ふた》を打つよりも可忌《いまわし》い、鉄槌《かなづち》を落し、釘《くぎ》を溢《こぼ》す――釘は?……
禰宜 (掌《たなごころ》を見す)これに。
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神楽の人々、そと集《つど》い覗《のぞ》く。
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神職 即《すなわ》ち神の御心《みこころ》じゃ――その御心を畏み、次第を以て、順に運ばねば相成らん。唯今|布気田《ふげた》も申す――三晩、四晩、続けて、森の中に鉄槌の音を聞いたというが、毎夜、これへ参ったのか、これ、明《あきらか》に申せよ。どうじゃ。
お沢 はい、(言い淀《よど》み、言い淀み)今《こん》……夜《や》……が、満……願……でございました。
神職 (御堂を敬う)ああ、神慮は貴《とうと》い。非願非礼はうけ給《たま》わずとも、俗にも満願と申す、その夕《ゆうべ》に露顕した。明かに邪悪を退け給うたのじゃ。――先刻も見れば、その森から出て参って、小児《こども》たちに何か菓子ようのものを与えたが、何か、いつも日の中《うち》から森の奥に潜みおって、夜ふけを待って呪詛《のろ》うたかな。
お沢 はい……あの……もうおかくしは申しません。お山の下の恐しい、あの谿河《たにがわ》を渡りました。村方《むらかた》に、知るべのものがありまして、其処《そこ》から通いましたのでございます。
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神楽の人々|囁《ささや》き合う。
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禰宜 知っておるかな。
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――「なあ。」「よ。」「うむ。」「あれだ。」口々に――
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後見 何が、お霜婆《しもばあ》さんの、ほれ、駄菓子屋の奥に、ちらちらする、白いものがあっけえ。町での御恩人ぞい。恥しい病《やまい》さあって隠れてござるで、ほっても垣《かき》のぞきなどせまいぞ、と婆さんが言うだでな。
笛の男 癩《かったい》ずらか。
太鼓の男 恥しい病ちゅうで。
おかめの面の男 ほんでも、孕《はら》んだ娘だべか。
禰宜 女子《おなご》が正しい懐妊は恥ではないのじゃ。それでは、毎晩、真夜中に、あの馬も通らぬ一本橋を渡ったじゃなあ。
道化の面の男 女の一念だで一本橋を渡らいでかよ。ここら奥の谿河《たにがわ》だけれど、ずっと川下《かわしも》で、東海道の大井川《
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