《ねずみこもん》の紋着《もんつき》、胸に手箱を掛けたり。馳せ出《い》でつつ、その落ちたる梭を取って押戴《おしいただ》き、社頭に恭礼し、けいひつを掛く)しい、……しい……しい。……
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一同|茫然《ぼうぜん》とす。
御堂《みどう》正面の扉、両方にさらさらと開《ひら》く、赤く輝きたる光、燦然《さんぜん》として漲《みなぎ》る裡《うち》に、秘密の境《きょう》は一面の雪景《せっけい》。この時ちらちらと降りかかり、冬牡丹《ふゆぼたん》、寒菊《かんぎく》、白玉《しらたま》、乙女椿《おとめつばき》の咲満《さきみ》てる上に、白雪《しらゆき》の橋、奥殿にかかりて玉虹《ぎょっこう》の如きを、はらはらと渡り出《い》づる、気高《けだか》く、世にも美しき媛神《ひめがみ》の姿見ゆ。
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媛神 (白がさねして、薄紅梅《うすこうばい》に銀のさや形《がた》の衣《きぬ》、白地《しろじ》金襴《きんらん》の帯。髻《もとどり》結いたる下髪《さげがみ》の丈《たけ》に余れるに、色|紅《くれない》にして、たとえば翡翠《ひすい》の羽《はね》にてはけるが如き一条《ひとすじ》の征矢《そや》を、さし込みにて前簪《まえかんざし》にかざしたるが、瓔珞《ようらく》を取って掛けし襷《たすき》を、片はずしにはずしながら、衝《つ》と廻廊の縁に出《い》づ。凛《りん》として)お前たち、何をする。
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――(一同ものも言い得ず、ぬかずき伏す。少しおくれて、童男《どうだん》と童女《どうじょ》と、ならびに、目一つの怪しきが、唐輪《からわ》と切禿《きりかむろ》にて、前なるは錦《にしき》の袋に鏡を捧げ、後《あと》なるは階《きざはし》を馳《は》せ下《くだ》り、巫女《みこ》の手より梭《ひ》を取り受け、やがて、欄干《らんかん》擬宝珠《ぎぼうしゅ》の左右に控う。媛神、立直《たてなお》りて)――お沢さん、お沢さん。
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巫女 (取次ぐ)お女中《じょちゅう》、可恐《おそろし》い事はないぞな、はばかり多《おお》や、畏《かしこ》けれど、お言葉ぞな、あれへの、おん前《まえ》への。
お沢 はい――はい……
媛神 まだ形代《かたしろ》を確《しっか》り持っておいでだね。手がしびれよう。姥《うば》、預
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