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お沢 ええ! 口惜《くや》しい。(殆《ほとん》ど痙攣的《けいれんてき》に丁《ちょう》と鉄槌を上げて、面《おもて》斜めに牙《きば》白く、思わず神職を凝視す。)
神職 (魔を切るが如く、太刀《たち》を振《ふり》ひらめかしつつ後退《あとずさ》る)したたかな邪気じゃ、古今の悪気《あくき》じゃ、激《はげし》い汚濁じゃ、禍《わざわい》じゃ。(忽《たちま》ち心づきて太刀を納め、大《おおい》なる幣を押取《おっと》って、飛蒐《とびかか》る)御神《おんかみ》、祓《はら》いたまえ、浄めさせたまえ。(黒髪のその呪詛《のろい》の火を払い消さんとするや、かえって青き火、幣に移りて、めらめらと燃上り、心火と業火《ごうか》と、もの凄《すご》く立累《たちかさな》る)やあ、消せ、消せ、悪火《あくび》を消せ、悪火を消せ。ええ、埒《らち》あかぬ。床《ゆか》ぐるみに蹴落《けおと》さぬかいやい。(狼狽《うろたえ》て叫ぶ。人々床几とともに、お沢を押落《おしおと》し、取包んで蝋燭の火を一度に消す。)
お沢 (崩折《くずお》れて、倒れ伏す。)
神職 (吻《ほっ》と息して)――千慮の一失。ああ、致《いた》しようを過《あやま》った。かえって淫邪の鬼の形相《ぎょうそう》を火で明かに映し出した。これでは御罰《ごばつ》のしるしにも、いましめにもならぬ。陰惨|忍刻《にんこく》の趣は、元来、この婦《おんな》につきものの影であったを、身ほどのものが気付かなんだ。なあ、布気田《ふげた》。よしよし、いや、村の衆《しゅ》。今度は鬼女、般若の面のかわりに、そのおかめの面を被せい、丑《うし》の刻参《ときまいり》の装束《しょうぞく》を剥《は》ぎ、素裸《すはだか》にして、踊らせろ。陰を陽に翻すのじゃ。
仕丁 あの裸踊《はだかおどり》、有難い。よい慰み、よい慰み。よい慰み!
神職 退《さが》れ、棚村。慰みものではないぞ、神の御罰じゃ。
禰宜 踊りましょうかな。ひひひ。(ニヤリニヤリと笑う。)
神職 何さ、笛、太鼓で囃《はや》しながら、両手を引張《ひっぱ》り、ぐるぐる廻しに、七度《ななたび》まで引廻して突放せば、裸体《らたい》の婦《おんな》だ、仰向けに寝はせまい。目ともろともに、手も足も舞《まい》踊ろう。
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「遣《や》るべい、」「遣れ。」「悪魔退散の御祈祷《ごきとう
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