、」
 と云って、独りで媼《うば》は頷《うなず》いた。問わせたまわば、その仔細《しさい》の儀は承知の趣。

       三

 小次郎法師は、掛茶屋《かけじゃや》の庇《ひさし》から、天《そら》へ蝙蝠《こうもり》を吹出しそうに仰向《あおむ》いた、和郎《わろ》の面《つら》を斜《ななめ》に見|遣《や》って、
「そう、気違いかい。私はまた唖《おうし》ででもあろうかと思った、立派な若い人が気の毒な。」
「お前様ね、一ツは心柄でござりますよ。」
 媼《うば》は、罪と報《むくい》を、且つ悟り且つあきらめたようなものいい。
「何か憑物《つきもの》でもしたというのか、暮し向きの屈託とでもいう事か。」
 と言い懸けて、渋茶にまた舌打しながら、円い茶の子を口の端《はた》へ持って行《ゆ》くと、さあらぬ方《かた》を見ていながら天眼通でもある事か、逸疾《いちはや》くぎろりと見附けて、
「やあ、石を噛《かじ》りゃあがる。」
 小次郎再び化転《けてん》して、
「あんな事を云うよ、お婆さん。」
「悪い餓鬼じゃ。嘉吉《かきち》や、主《ぬし》あ、もうあっちへ行《ゆ》かっしゃいよ。」
 その本体はかえって差措《さしお》き、
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