》して見ると、
「何ぢゃ、蟹か。」
 水へ、ザブン。
 背後《うしろ》で水車《みずぐるま》のごとく杖《ステッキ》を振廻していた訓導が、
「長蛇《ちょうだ》を逸すか、」
 と元気づいて、高らかに、
「たちまち見る大蛇の路に当って横《よこた》わるを、剣を抜いて斬《き》らんと欲すれば老松《ろうしょう》の影!」
「ええ、静《しずか》にしてくらっせえ、……もう近えだ。」
 と仁右衛門は真面目《まじめ》に留める。
「おい、手毬はどうして消えたんだな、焦《じれ》ったい。」
「それだがね、疾《はえ》え話が、御仁体じゃ。化物が、の、それ、たとい顔を嘗《な》めればとって、天窓《あたま》から塩《しお》とは言うめえ、と考えたで、そこで、はい、黒門へ案内しただ。仁右衛門も知っての通り――今日はまた――内の婆々殿が肝入《きもいり》で、坊様を泊《と》めたでの、……御本家からこうやって夜具を背負《しょ》って、私《わし》が出向くのは二度目だがな。」

       二十

「その書生さんの時も、本宅の旦那様、大喜びで、御酒は食《あが》らぬか。晩の物だけ重詰《じゅうづめ》にして、夜さりまた掻餅《かきもち》でも焼いてお茶受
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