《あに》い、」
「暗くなったの、」
「彼これ、酉刻《むつ》じゃ。」
「は、南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》、黒門前は真暗《まっくら》だんべい。」
「大丈夫、月が射《さ》すよ。」
 と訓導は空を見て、
「お前、その手毬の行方はどうしたんだい。」
「そこだてね、まあ聞かっせえ、客人が、その最愛《いとし》らしい容子《ようす》じゃ……化《ばけ》、」
 とまた言い掛けたが、青芒《あおすすき》が川のへりに、雑木|一叢《ひとむら》、畑の前を背|屈《かが》み通る真中《まんなか》あたり、野末の靄《もや》を一|呼吸《いき》に吸込んだかと、宰八|唐突《だしぬけ》に、
「はッくしょ!」
 胴震いで、立縮《たちすく》み、
「風がねえで、えら太《ひど》い蜘蛛の巣だ。仁右衛門、お前《めえ》、はあ、先へ立って、よく何ともねえ。」
「巣、巣どころか、己《おら》あ樹の枝から這《は》いかかった、土蜘蛛を引掴《ひッつか》んだ。」
「ひゃあ、」
「七日風が吹かねえと、世界中の人を吸殺すものだちゅっけ、半日蒸すと、早やこれだ。」
 と握占《にぎりし》めた掌《てのひら》を、自分で捻開《こじあ》けるようにして開いたが、恐る恐る透《すか
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