こっちは願ったり、叶《かな》ったり、本家の旦那《だんな》もさぞ喜びましょうが、尋常体《なみてい》の家《うち》でねえ。あの黒門を潜《くぐ》らっしゃるなら、覚悟して行かっせえ、可《よ》うがすか、と念を入れると、
(いやその位の覚悟はいつでもしている。)
 と落着いたもんだてえば。
 はてな、この度胸だら盗賊《どろぼう》でも大将株だ、と私《わし》、油断はねえ、一分別しただがね、仁右衛門よ、」
「おおよ。」
「前刻《さっき》、着たっきりで、手毬を拾いに川ん中さ飛込んだ時だ。旅空かけて衣服《きもの》をどうするだ、と私《わし》頼まれ効《がい》もなかったけえ、気の毒さもあり、急がずば何とかで濡れめえものを夕立だ、と我鳴《がなっ》った時よ。
(着物は一枚ありますから……)
 と見得でねえわ、見得でねえね。極《きま》りの悪そうに、人の心を無にしねえで言訳をするように言わしっけが、こいつを睨《にら》んで、はあ、そこへ私《わし》が押惚《おっぽ》れただ。
 殊勝な、優しい、最愛《いとし》い人だ。これなら世話をしても仔細《しさい》あんめえ。第一、あの色白な仁体《じんてい》じゃ……化《ば》……仁右衛門よ。」
「何
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