だろう、その黒門の空家というのを、一室《ひとま》借りるわけには行くまいか、自炊を遣《や》って、しばらく旅の草臥《くたびれ》を休めたい、)と相談|打《ぶ》ったが。
ねえ、先生様。
お前様《めえさま》、今の住居《すまい》は、隣の嚊々《かかあ》が小児《がき》い産んで、ぎゃあぎゃあ煩《うるせ》え、どこか貸す処があるめえか、言わるるで、そん当時黒門さどうだちゅったら、あれは、と二の足を蹈《ふ》ましっけな。」
と横ざまに浴《あび》せかけると、訓導は不意打ながら、さしったりで、杖《ステッキ》を小脇に引抱《ひんだ》き、
「学校へ通うのに足場が悪くって、道が遠くって仕様がないから留《や》めたんだ。」
「朝寝さっしゃるせいだっぺい。」
仁右衛門が重い口で。
訓導は教うるごとく、
「第一水が悪い。あの、また真蒼《まっさお》な、草の汁のようなものが飲めるものかい。」
「そうかね――はあ、まず何にしろだ。こっちから頼めばとって、昼間掃除に行くのさえ、厭《いや》がります空屋敷じゃ。そこが望み、と仰有《おっしゃ》るに、お住居《すまい》下さればその部屋一ツだけも、屋根の草が無うなって、立腐れが保つこんだで、
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