かり、細く沖で救《すくい》を呼ぶ白旗のように、風のまにまに打靡《うちなび》く。海の方は、暮が遅くて灯《あかり》が疾《はや》く、山の裾は、暮が早くて、燈《ともしび》が遅いそうな。
 まだそれも、鳴子引けば遠近《おちこち》に便《たより》があろう。家と家とが間《あい》を隔て、岸を措《お》いても相望むのに、黒門の別邸は、かけ離れた森の中に、ただ孤家《ひとつや》の、四方へ大《おおき》なる蜘蛛《くも》のごとく脚を拡げて、どこまでもその暗い影を畝《うね》らせる。
 月は、その上にかかっているのに。……
 先達《せんだつ》の仁右衛門は、早やその樹立《こだち》の、余波《なごり》の夜に肩を入れた。が、見た目のさしわたしに似ない、帯がたるんだ、ゆるやかな川|添《ぞい》の道は、本宅から約八丁というのである。
 宰八が言続《いいつ》いで、
「……(外廻りを流れて来るし、何もハイ空家から手毬を落す筈《はず》はねえ。そんでも猫の死骸なら、あすこへ持って行って打棄《うっちゃ》った奴があるかも知んねえ、草ぼうぼうだでのう、)と私《わし》、話をしただがね。」

       十九

「それからその少《わけ》え方は、(どう
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