に渠等《かれら》が伝う岸は、一間ばかりの川幅であるが、鶴谷の本宅の辺《あたり》では、およそ三間に拡がって、川裾は早やその辺からびしょびしょと草に隠れる。
 ここへは、流《ながれ》をさかのぼって来るので、間には橋一つ渡らねばならぬ。
 橋は明神の前へ、三崎街道に一つ、村の中に一つ。今しがた渠等が渡って、ここから見えるその村の橋も、鶴谷の手で欄干はついているが、細流《せせらぎ》の水静かなれば、偏《ひとえ》に風情を添えたよう。青い山から靄の麓へ架《か》け渡したようにも見え、低い堤防《どて》の、茅屋《かやや》から茅屋の軒へ、階子《はしご》を横《よこた》えたようにも見え、とある大家の、物好《ものずき》に、長く渡した廻廊かとも視《なが》められる。
 灯《ともしび》もやや、ちらちらと青田に透く。川下の其方《そなた》は、藁屋《わらや》続きに、海が映って空も明《あかる》い。――水上《みなかみ》の奥になるほど、樹の枝に、茅葺《かやぶき》の屋根が掛《かか》って、蓑虫《みのむし》が塒《ねぐら》したような小家がちの、それも三つが二つ、やがて一つ、窓の明《あかり》も射《さ》さず、水を離れた夕炊《ゆうかしぎ》の煙ば
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