にも、ついに聞いた事はないじゃないか。」
「お前様もね、当前《あたりまえ》だあこれ、空を飛ぼうが、泳ごうが、活《い》きた猫なら秋谷中|私《わし》ら知己《ちかづき》だ。何も厭《いや》な事はねえけんど、水ひたしの毛がよれよれ、前足のつけ根なぞは、あか膚《はだ》よ。げっそり骨の出た死骸《しがい》でねえかね。」
訓導は打棄《うっちゃ》るように、
「何だい、死骸か。」
「何だ死骸か、言わっしゃるが、死骸だけに厭なこんだ。金壺眼《かなつぼまなこ》を塞《ふさ》がねえ。その人が毬《まり》を取ると、三毛の斑《ぶち》が、ぶよ、ぶよ、一度、ぷくりと腹を出いて、目がぎょろりと光ッたけ。そこら鼠色の汚《きたね》え泡だらけになって、どんみりと流れたわ、水とハイ摺々《すれすれ》での――その方は岸へ上って、腰までずぶ濡れの衣《きもの》を絞るとって、帽子を脱いで仰向《あおむ》けにして、その中さ、入れさしった、傍《そば》で見ると、紫もありゃ黄色い糸もかがってある、五|色《しき》の――手毬は、さまで濡れてはいねえだっけよ。」
「なあよ、宰八、」
「何《あん》だえ。」
仁右衛門は沈んだ声で、
「その手毬はどうしたよ。」
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