暗くなる、と前途に近く、人の足許《あしもと》が朦朧《もうろう》と、早やその影が押寄せて、土手の低い草の上へ、襲いかかる風情だから、一人が留まれば皆留まった。
 宰八の背後《あと》から、もう一人。杖《ステッキ》を突いて続いた紳士は、村の学校の訓導である。
「見馴《みな》れねえ旅の書生さんじゃ、下ろした荷物に、寝《ね》そべりかかって、腕を曲げての、足をお前《めえ》、草の上へ横投げに投出して、ソレそこいら、白鷺《しらさぎ》の鶏冠《とさか》のように、川面《かわづら》へほんのり白く、すいすいと出て咲いていら、昼間見ると桃色の優しい花だ、はて、蓬《よもぎ》でなしよ。」
「石竹《せきちく》だっぺい。」
「撫子《なでしこ》の一種です、常夏《とこなつ》の花と言うんだ。」
 と訓導は姿勢を正して、杖《ステッキ》を一つ、くるりと廻わすと、ドブン。
「ええ!驚かなくても宜《よろ》しい。今のは蛙だ。」
「その蛙……いんねさ、常夏け。その花を摘んでどうするだか、一束手ぶしに持ったがね。別にハイそれを視《なが》めるでもねえだ。美しい目水晶ぱちくりと、川上の空さ碧《あお》く光っとる星い向いて、相談|打《ぶ》つような形
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