る人魂《ひとだま》めかして、ぶらりと風呂敷包を提げながら、小川べりの草の上。
「なあよ、宰八、」
「やあ、」
 と続いた、手《てん》ぼう蟹は、夥間《なかま》の穴の上を冷飯草履《ひやめしぞうり》、両足をしゃちこばらせて、舞鶴の紋の白い、萌黄《もえぎ》の、これも大包《おおづつみ》。夜具を入れたのを引背負《ひっしょ》ったは、民が塗炭《とたん》に苦《くるし》んだ、戦国時代の駆落《かけおち》めく。
「何か、お前が出会《でっくわ》した――黒門に逗留《とうりゅう》してござらしゃる少《わけ》え人が、手鞠《てまり》を拾ったちゅうはどこらだっけえ。」
「直《じ》きだ、そうれ、お前《めえ》が行《ゆ》く先に、猫柳がこんもりあんべい。」
「おお、」
「その根際《ねき》だあ。帽子のふちも、ぐったり、と草臥《くたぶ》れた形での、そこに、」
 と云った人声に、葉裏から蛍が飛んだ。が、三ツ五ツ星に紛れて、山際薄く、流《ながれ》が白い。
 この川は音もなく、霞のように、どんよりと青田の村を這《は》うのである。
「ここだよ。ちょうど、」
 と宰八はちょっと立留まる。前途《ゆくて》に黒門の森を見てあれば、秋谷の夜はここよりぞ
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