惚《ききと》れていた処、話の腰を折られては、と知らぬ顔で居たっけよ。
大層お店の邪魔をしました、実に済まぬ。」
と扇を膝に、両手で横に支《つ》きながら、丁寧に会釈する。
姥《うば》はあらためて右瞻左瞻《とみこうみ》たが、
「お上人様、御殊勝にござります、御殊勝にござります。難有《ありがた》や、」
と浅からず渇仰《かつごう》して、
「本家が村一番の大長者じゃと云えば、申憎い事ながら、どこを宿ともお定めない、御見懸け申した御坊様じゃ。推しても行って回向《えこう》をしょう。ああもしょう、こうもしてやろう、と斎布施《ときふせ》をお目当で……」
とずっきり云った。
「こりゃ仰有《おっしゃ》りそうな処、御自分の越度《おちど》をお明かしなさりまして、路々念仏申してやろう、と前途《さき》をお急ぎなさります飾りの無いお前様。
道中、お髪《ぐし》の伸びたのさえ、かえって貴う拝まれまする。どうぞ、その御回向を黒門の別宅で、近々として進ぜて下さりませぬか。……
もし、鶴谷でもどのくらい喜びますか分りませぬ。」
十六
鶴谷が下男、苦虫の仁右衛門《にえもん》親仁《おやじ》。角のあ
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