って前刻《さっき》から――胸をはだけた、手織|縞《じま》の汚れた単衣《ひとえ》に、弛《ゆる》んだ帯、煮染めたような手拭《てぬぐい》をわがねた首から、頸《うなじ》へかけて、耳を蔽《おお》うまで髪の伸びた、色の黒い、巌乗《がんじょう》造りの、身の丈抜群なる和郎《わろ》一人。目の光の晃々《きらきら》と冴《さ》えたに似ず、あんぐりと口を開けて、厚い下唇を垂れたのが、別に見るものもない茶店の世帯を、きょろきょろと※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》していたのがあって――お百姓に、船頭殿は稼ぎ時、土方人足も働き盛り、日脚の八ツさがりをその体《てい》は、いずれ界隈《かいわい》の怠惰《なまけ》ものと見たばかり。小次郎法師は、別に心にも留めなかったが、不意の笑声に一驚を吃《きっ》して、和郎の顔と、折敷の団子を見|較《くら》べた。
「串戯《じょうだん》ではない、お婆《ばあ》さん、お前は見懸けに寄らぬ剽軽《ひょうきん》ものだね。」
「何でござりますえ。」
「いいえさ、この団子は、こりゃ泥か埴土《ねばつち》で製《こしら》えたのじゃないのかい。」
「滅相なことをおっしゃりまし。」
 と年寄《とし
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