、法師の胸に靡《なび》いたが、それさえ颯《さっ》と涼しい風で、冷い霧のかかるような、法衣《ころも》の袖は葭簀を擦って、外の小松へ飜る。
爽《さわやか》な心持に、道中の里程を書いた、名古屋扇も開くに及ばず、畳んだなり、肩をはずした振分けの小さな荷物の、白木綿の繋《つな》ぎめを、押遣《おしや》って、
「千両、」とがぶりと呑み、
「ああ、旨《うま》い、これは結構。」と莞爾《にっこり》して、
「おいしいついでに、何と、それも甘《うま》そうだね、二ツ三ツ取って下さい。」
「はいはい、この団子でござりますか。これは貴方《あなた》、田舎出来で、沢山《たんと》甘くはござりませぬが、そのかわり、皮も餡子《あんこ》も、小米と小豆の生《き》一本でござります。」
と小さな丸髷《まげ》を、ほくほくもの、折敷《おしき》の上へ小綺麗に取ってくれる。
扇子《おうぎ》だけ床几に置いて、渋茶茶碗を持ったまま、一ツ撮《つま》もうとした時であった。
「ヒイ、ヒイヒイ!」と唐突《だしぬけ》に奇声を放った、濁声《だみごえ》の蜩《ひぐらし》一匹。
法師が入った口とは対向《さしむか》い、大崩壊の方の床几のはずれに、竹柱に留ま
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