大島山に飛ばんず姿。巨匠が鑿《のみ》を施した、青銅の獅子《しし》の俤《おもかげ》あり。その美しき花の衣は、彼が威霊を称《たた》えたる牡丹花《ぼたんか》の飾《かざり》に似て、根に寄る潮の玉を砕くは、日に黄金《こがね》、月に白銀、あるいは怒り、あるいは殺す、鋭《と》き大自在の爪かと見ゆる。
二
修業中の小次郎法師が、諸国一見の途次《みちすがら》、相州三崎まわりをして、秋谷《あきや》の海岸を通った時の事である。
件《くだん》の大崩壊《おおくずれ》の海に突出でた、獅子王の腹を、太平洋の方から一町ばかり前途《ゆくて》に見渡す、街道|端《ばた》の――直ぐ崖の下へ白浪が打寄せる――江の島と富士とを、簾《すだれ》に透かして描いたような、ちょっとした葭簀張《よしずばり》の茶店に休むと、媼《うば》が口の長い鉄葉《ブリキ》の湯沸《ゆわかし》から、渋茶を注《つ》いで、人皇《にんのう》何代の御時《おんとき》かの箱根細工の木地盆に、装溢《もりこぼ》れるばかりなのを差出した。
床几《しょうぎ》の在処《ありか》も狭いから、今注いだので、引傾《ひっかたむ》いた、湯沸の口を吹出す湯気は、むらむらと
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