平洋の大濤《おおなみ》が、牛の吼《ほ》ゆるがごとき声して、緩《ゆるや》かにしかも凄《すさま》じく、うう、おお、と呻《うな》って、三崎街道の外浜に大|畝《うね》りを打つのである。
右から左へ、わずかに瞳を動かすさえ、杜若《かきつばた》咲く八ツ橋と、月の武蔵野ほどに趣が激変して、浦には白帆の鴎《かもめ》が舞い、沖を黒煙《くろけむり》の竜が奔《はし》る。
これだけでも眩《めくるめ》くばかりなるに、蹈《ふ》む足許《あしもと》は、岩のその剣《つるぎ》の刃を渡るよう。取縋《とりすが》る松の枝の、海を分けて、種々《いろいろ》の波の調べの懸《かか》るのも、人が縋れば根が揺れて、攀上《よじのぼ》った喘《あえ》ぎも留《や》まぬに、汗を冷《つめと》うする風が絶えぬ。
さればとて、これがためにその景勝を傷《きずつ》けてはならぬ。大崩壊《おおくずれ》の巌《いわお》の膚《はだ》は、春は紫に、夏は緑、秋|紅《くれない》に、冬は黄に、藤を編み、蔦《つた》を絡《まと》い、鼓子花《ひるがお》も咲き、竜胆《りんどう》も咲き、尾花が靡《なび》けば月も射《さ》す。いで、紺青《こんじょう》の波を蹈んで、水天の間に糸のごとき
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