あんぎゃ》とは言いながら、気散じの旅の面白さ。蝶々|蜻蛉《とんぼ》の道連《みちづれ》には墨染の法衣《ころも》の袖の、発心の涙が乾いて、おのずから果敢《はか》ない浮世の露も忘れる。
 いつとなく、仏の御名《みな》を唱えるのにも遠ざかって、前刻《さっき》も、お前ね。
 実はここに来しなであった。秋谷明神と云う、その森の中の石段の下を通って、日向《ひなた》の麦|畠《ばたけ》へ差懸《さしかか》ると、この辺には余り見懸けぬ、十八九の色白な娘が一人、めりんす友染《ゆうぜん》の襷懸《たすきが》け、手拭《てぬぐい》を冠《かぶ》って畑に出ている。
 歩行《ある》きながら振返って、何か、ここらにおもしろい事もないか、と徒口《むだぐち》半分、檜笠《ひのきがさ》の下から頤《おとがい》を出して尋ねるとね。
 はい、浪打際に子産石《こうみいし》と云うのがござんす。これこれでここの名所、と土地《ところ》自慢も、優しく教えて、石段から真直《まっす》ぐに、畑中《はたなか》を切って出て見なさんせ、と指さしをしてくれました。
 いかに石が名所でも、男ばかりで児《こ》が出来るか。何と、姉《あね》や、と麦にかくれる島田を覗《の
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