師じゃ。世の中には種々《いろいろ》な事がある。お婆さん、お庇《かげ》で沢山《たんと》学問をした、難有《ありがと》う、どれ……」

       十五

「そして、御坊様は、これからどこまで行《ゆ》かっしゃりますよ。」
 包を引寄せる旅僧に連れて、姥《うば》も腰を上げて尋ねると、
「鎌倉は通越して、藤沢まで今日の内に出ようという考えだったが、もう、これじゃ葉山で灯《あかり》が点《つ》こう。
 おお[#「 おお」は底本では「おお」]、そう言や、森戸の松の中に、ちらちらと灯《ひ》が見える。」
「よう御存じでござりますの。」
「まだ俗の中《うち》に知っています。そこで鎌倉を見物にも及ばず、東海道の本筋へ出ようという考えじゃったが、早や遅い。
 修業が足りんで、樹下、石上、野宿も辛し、」
 と打微笑《うちほほえ》み、
「鎌倉まで行《ゆ》きましょうよ。」
「それはそれは、御不都合な、つい話に実が入《い》りまして、まあ、とんだ御足《おみあし》を留めましてござります。」
「いや、どういたして、忝《かたじけな》い。私は尊いお説教を聴問したような心持じゃ。
 何、嘘ではありません。
 見なさる通り、行脚《
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