豪《えら》い騒動が起ったのは、喜太郎様の嫁御がまた臨月じゃ。
御本家に飼殺しの親爺《おやじ》仁右衛門、渾名《あだな》も苦虫《にがむし》、むずかしい顔をして、御隠居殿へ出向いて、まじりまじり、煙草《たばこ》を捻《ひね》って言うことには、(ハイ、これ、昔から言うことだ。二人|一斉《いっとき》に産をしては、後か、前《さき》か、いずれ一人、相孕《あいばらみ》の怪我《けが》がござるで、分別のうてはなりませぬ、)との。
喜十郎様、凶年にもない腕組をさっせえて、(善悪《よしあし》はともかく、内の嫁が可愛いにつけ、余所《よそ》の娘の臨月を、出て行《ゆ》けとは無慈悲で言われぬ。ただし廂《ひさし》を貸したものに、母屋《おもや》を明渡して嫁を隠居所へ引取る段は、先祖の位牌《いはい》へ申訳がない。私等《わしら》が本宅へ立帰って、その嬢様にはこの隠居所を貸すとしよう)――御夫婦、黒門を出さしったのが、また世に立たっしゃる前表かの。
鶴谷は再度、御隠居の代になりました。」
「息子さんは不埒《ふらち》が分って勘当かい。」
「聞かっせえまし、喜太郎様は亡くなりましたよ。前後《あとさき》へ黒門から葬礼《おとむらい
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