》の保養がしたい、と言わっしゃる。
 海辺は賑《にぎや》かでも、馬車が通って埃《ほこり》が立つ。閑静な処をお望み、間数は多し誂《あつら》え向き、隠居所を三間ばかり、腰元も二人ぐらい附く筈《はず》と、御子息から相談を打《ぶ》たっしゃると、隠居と言えば世を避けたも同様、また本宅へ居直るも億劫《おっこう》なり、年寄《としより》と一所では若い御婦人の気が詰《つま》ろう。若いものは若い同士、本家の方へお連れ申して、土用正月、歌留多《うたがるた》でも取って遊ぶが可《い》い、嫁もさぞ喜ぼう、と難有《ありがた》いは、親でのう。
 そこで、そのお嬢様に御本家の部屋を、幾つか分けて、貸すことになりましけ。ある晩、腕車《くるま》でお乗込み、天上ぬけに美《うつくし》い、と評判ばかりで、私等《わしら》ついぞお姿も見ませなんだが、下男下女どもにも口留めして、秘《かく》さしったも道理じゃよ。
 その嬢様は落っこちそうなお腹じゃげな。」
「むむ、孕《はら》んでいたかい。そりゃ怪《け》しからん、その息子というのが馴染《なじみ》ではないのかね。」
「御推量でございます、そこじゃ、お前様。見えて半月とも経《た》ちませぬに、
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