戸様でのう、邸は鶴谷に帰したもの。
 ところで、一軒は御本宅、こりゃ村の草分でござりますが、もう一軒――喜十郎様が隠居所にお建てなされた、御別荘がござりましての。
 お金は十分、通い廊下に藤の花を咲《さか》しょうと、西洋窓に鸚鵡《おうむ》を飼おうと、見本は直《じ》き近い処にござりまして、思召《おぼしめし》通りじゃけれど、昔|気質《かたぎ》の堅い御仁《ごじん》、我等式百姓に、別荘づくりは相応《ふさ》わしからぬ、とついこのさきの立石《たていし》在に、昔からの大庄屋が土台ごと売物に出しました、瓦ばかりも小千両、大黒柱が二抱え。平家ながら天井が、高い処に照々《きらきら》して間数《まかず》十ばかりもござりますのを、牛車《うしぐるま》に積んで来て、背後《うしろ》に大《おおき》な森をひかえて、黒塗《くろぬり》の門も立木の奥深う、巨寺《おおでら》のようにお建てなされて、東京の御修業さきから、御子息の喜太郎様が帰らっしゃりましたのに世を譲って、御夫婦一まず御隠居が済みましけ。
 去年の夏でござりますがの、喜太郎様が東京で御|贔屓《ひいき》にならしった、さる御大家の嬢様じゃが、夏休みに、ぶらぶら病《やまい
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