涼しいお薬を下さって、水ごと残しておきました、……この手|桶《おけ》から、」……
と姥は見返る。捧げた心か、葦簀《よしず》に挟んで、常夏《とこなつ》の花のあるが下《もと》に、日影涼しい手桶が一個《ひとつ》、輪の上に、――大方その時以来であろう――注連《しめ》を張ったが、まだ新しい。
「水も汲《く》んで、くくめておやり遊ばした。嘉吉の我に返った処で、心得違いをしたために、主人の許《とこ》へ帰れずば、これを代《しろ》に言訳して、と結構な御宝を。……
それがお前様、真緑《まみどり》の、光のある、美しい、珠じゃったげにございます。
爺どのが、潜り込んだ草の中から、その蟹の目を密《そっ》と出して、見た時じゃったと申します。
こう、貴女がお持ちなさりました指の尖《さき》へ、ほんのりと蒼《あお》く映って、白いお手の透いた処は、大《おおき》な蛍をお撮《つま》みなさりましたようじゃげな。
貴女のお身体《からだ》に附属《つい》ていてこそじゃが、やがて、はい、その光は、嘉吉が賽《さい》ころを振る掌《てのひら》の中へ、消えましたとの。
それから、抜かっしゃりましたものらしい、少し俯向《うつむ》いて
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