どのは、這《は》うようにして、身体《からだ》を隠して引返したと言いましけ。よう姿が隠さりょう、光った天窓《あたま》と、顱巻《はちまき》の茜色《あかねいろ》が月夜に消えるか。主《ぬし》ゃそこで早や、貴女《あなた》の術で、活《い》きながら鋏《はさみ》の紅《あか》い月影の蟹《かに》になった、とあとで村の衆にひやかされて、ええ、措《お》けやい、気味の悪い、と目をぱちくり、泡を吹いたでござりますよ。
 笑うてやらっしゃりませ。いけ年を仕《つかまつ》って、貴女が、去《い》ね、とおっしゃったを止《よ》せば可《よ》いことでござります。」
 法師はかくと聞いて眉を顰《ひそ》め、
「笑い事ではない。何かお爺様《じいさん》に異状でもありましたか。」
「お目こぼしでござります、」
 と姥は謹んだ、顔色《かおつき》して、
「爺どのはお庇《かげ》と何事もござりませんで、今日も鶴谷様の野良へ手伝いに参っております。」
「じゃ、その嘉吉と云うのばかりが、変な目に逢ったんだね。」
「それも心がらでござります。はじめはお前様、貴女《あなた》が御親切に、勿体ない……お手ずから薫《かおり》の高い、水晶を噛《か》みますような、
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