るそうな、とぶつぶつ口叱言《くちこごと》を申しましての、爺どのが振向きもせずに、ぐんぐん曳《ひ》いたと思わっしゃりまし。」
「何か、夢でも見たろうかね。」
「夢どころではござりますか、お前様、直ぐに縊《しめ》殺されそうな声を出して、苦しい、苦しい、鼻血が出るわ、目がまうわ、天窓《あたま》を上へ上げてくれ。やい、どうするだ、さあ、殺さば殺せ、漕《こ》がば漕げ、とまだ夢中で、嘉吉めは船に居る気でおります、よの。
胴中の縄が弛《ゆる》んで、天窓が地《つち》へ擦れ擦れに、倒《さかさま》になっておりますそうな。こりゃもっともじゃ、のう、たっての苦悩《くるしみ》。
酒が上《のぼ》って、醒《さ》めずにいたりゃ本望だんべい、俺《わし》ら手が利かねえだに、もうちっとだ辛抱せろ、とぐらぐらと揺り出しますと、死ぬる、死ぬる、助け船引[#「引」は小書き]と火を吹きそうに喚《わめ》いた、とのう。
この中ではござりませぬ、」
と姥は葭簀《よしず》の外を見て、
「廂《ひさし》の蔭じゃったげにござります。浪が届きませぬばかり。低い三日月様を、漆《うるし》見たような高い髷《まげ》からはずさっせえまして、真白《ま
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