べい、と荒稼ぎの気短徒《きみじかてあい》じゃ。お前様、上《うわ》かがりの縄の先を、嘉吉が胴中《どうなか》へ結《ゆわ》へ附けて、車の輪に障らぬまでに、横づけに縛りました。
 賃銭の外じゃ、落しても大事ない。さらば急いで帰らっしゃれ。しゃんしゃんと手を拍《たた》いて、賭博《ばくち》に勝ったものも、負けたものも、飲んだ酒と差引いて、誰も損はござりませぬ。可《い》い機嫌のそそり節、尻まで捲《まく》った脛《すね》の向く方へ、ぞろぞろと散ったげにござります。
 爺どのは、どっこいしょ、と横木に肩を入れ直いて、てんぼうの片手押しは、胸が力でござります。人通りが少いで、露にひろがりました浜昼顔の、ちらちらと咲いた上を、ぐいと曳《ひき》出して、それから、がたがた。
 大崩《おおくずれ》まで葉山からは、だらだらの爪先上《つまさきあが》り。後はなぞえに下り道。車がはずんで、ごろごろと、私《わし》がこの茶店の前まで参った時じゃ、と……申します。
 やい、枕をくれ、枕をくれ、と嘉吉めが喚《わめ》くげな。
 何|吐《ぬか》すぞい、この野郎、贅沢《ぜいたく》べいこくなてえ、狐店《きつねみせ》の白ッ首と間違えてけつか
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