葉山を越して、日影から、田越逗子《たごえずし》の方へ、遠くまで、てんぼうの肩に背負籠《しょいかご》して、栄螺《さざえ》や、とこぶし、もろ鯵《あじ》の開き、うるめ鰯《いわし》の目刺など持ちましては、飲代《のみしろ》にいたしますが、その時はお前様、村のもとの庄屋様、代々長者の鶴谷《つるや》喜十郎様、」
 と丁寧に名のりを上げて、
「これが私《わし》ども、お主《しゅ》筋に当りましての。そのお邸《やしき》の御用で、東海道の藤沢まで、買物に行ったのでござりました。
 一月に一度ぐらいは、種々《いろいろ》入用のものを、塩やら醤油やら、小さなものは洋燈《ランプ》の心まで、一車《ひとくるま》ずつ調えさっしゃります。
 横浜は西洋臭し、三崎は品が落着かず、界隈《かいわい》は間に合わせの俄《にわか》仕入れ、しけものが多うござりますので、どうしても目量《めかた》のある、ずッしりしたお堅いものは、昔からの藤沢に限りますので、おねだんも安し、徳用向きゆえ、御大家の買物はまた別で、」
 と姥は糸を操るような話しぶり。心のどかに口をまわして、自分もまたお茶参った。
 しばらく往来もなかったのである。

      
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