らわ》せろ! とトロンコの据眼《すえまなこ》で、提灯を下目に睨《にら》む、とぐたりとなった、並木の下。地虫のような鼾《いびき》を立てつつ、大崩壊に差懸《さしかか》ると、海が変って、太平洋を煽《あお》る風に、提灯の蝋《ろう》が倒れて、めらめらと燃えついた。沖の漁火《いさりび》を袖に呼んで、胸毛がじりじりに仰天し、やあ、コン畜生、火の車め、まだ疾《はえ》え、と鬼と組んだ横倒れ、転廻《ころがりまわ》って揉消《もみけ》して、生命《いのち》に別条はなかった。が、その時の大火傷《おおやけど》、享年六十有七歳にして、生まれもつかぬ不具《かたわ》もの――渾名《あだな》を、てんぼう蟹《がに》の宰八《さいはち》と云う、秋谷在の名物|親仁《おやじ》。
「……私《わし》が爺《じじい》殿でござります。」
 と姥《うば》は云って、微笑《ほほえ》んだ。
 小次郎法師は、寿《ことぶ》くごとく、一揖《いちゆう》して、
「成程、尉《じょう》殿だね。」と祝儀する。
「いえ、もう気ままものの碌でなしでござりますが、お庇《かげ》さまで、至って元気がようござりますので、御懇意な近所へは、進退《かけひき》が厭《いや》じゃ、とのう、
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