だも同然。
 船はそれまで、ぐるりぐるりと長者園の浦を廻って、ちょうどあの、活動写真の難船見たよう、波風の音もせずに漂うていましたげな。両膚脱《りょうはだぬぎ》の胸毛や、大胡坐《おおあぐら》の脛の毛へ、夕風が颯《さっ》とかかって、悚然《ぞっ》として、皆《みんな》が少し正気づくと、一ツ星も見えまする。大巌《おおいわ》の崖が薄黒く、目の前へ蔽被《おっかぶ》さって、物凄《ものすご》うもなりましたので、褌《ふんどし》を緊《し》め直すやら、膝小僧《ひざっこぞう》を合わせるやら、お船頭が、ほういほうい、と鳥のような懸声で、浜へ船をつけまして、正体のない嘉吉を撲《な》ぐる。と、むっくり起きたが、その酒樽の軽いのに、本性|違《たが》わず気落《きおち》がして、右の、倒れたものでござりますよ。はい。」

       七

「仰向様《あおのけざま》に、火のような息を吹いて、身体《からだ》から染出《しみだ》します、酒が砂へ露を打つ。晩方の涼しさにも、蚊や蠅が寄って来る。
 奴《やっこ》は、打《ぶ》っても、叩いても、起《おき》ることではござりませぬがの。
 かかり合《あい》は免《のが》れぬ、と小力《こぢから》
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