さんばそう》、とうとうたらりたらりには肝を潰《つぶ》して、(やい、此奴等《こいつら》、)とはずみに引傾《ひっかた》がります船底へ、仁王立に踏《ふみ》ごたえて、喚《わめ》いたそうにござります。
 騒ぐな。
 騒ぐまいてや、やい、嘉吉、こう見た処で、二|歩《ぶ》と一両、貴様に貸《かし》のない顔はないけれど、主人のものじゃ。引負《ひきおい》をさせてまで、勘定を合わしょうなんど因業《いんごう》な事は言わぬ。場銭を集めて一樽買ったら言分あるまい。代物さえ持って帰れば、どこへ売っても仔細《しさい》はない。
 なるほど言われればその通り、言訳の出来ぬことはござりませぬわ、のう。
 銭さえ払えば可《い》いとして、船頭やい、船はどうする、と嘉吉が云いますと、ばら銭を掴《にぎ》った拳《こぶし》を向顱巻《むかうはちまき》の上さ突出して、半だ半だ、何、船だ。船だ船だ、と夢中でおります。
 嘉吉が、そこで、はい、櫓《ろ》を握って、ぎっちらこ。幽霊船の歩《ぶ》に取られたような顔つきで、漕出《こぎだ》したげでござりますが、酒の匂《におい》に我慢が出来ず……
 御繁昌《ごはんじょう》の旦那《だんな》から、一杯おみきを
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