あらた》になみなみとある茶碗を大切そうに両手で持って、苦笑いをするのであった。
「それはお前様、あの徒《てあい》と申しますものは、……まあ、海へ出て岸をば※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》して御覧《ごろう》じまし。巌《いわ》の窪みはどこもかしこも、賭博《ばくち》の壺《つぼ》に、鰒《あわび》の蓋《ふた》。蟹《かに》の穴でない処は、皆|意銭《あないち》のあとでござります。珍しい事も、不思議な事もないけれど、その時のは、はい、嘉吉に取っては、あやかしが着きましたじゃ。のう、便船《びんせん》しょう、便船しょう、と船を渚《なぎさ》へ引寄せては、巌端《いわばな》から、松の下から、飜然々々《ひらりひらり》と乗りましたのは、魔がさしたのでござりましたよ。」

       六

「魅入られたようになりまして、ぐっすり寝込みました嘉吉の奴。浪の音は耳|馴《な》れても、磯近《いそぢか》へ舳《へさき》が廻って、松の風に揺り起され、肌寒うなって目を覚ましますと、そのお前様……体裁《ていたらく》。
 山へ上《あが》ったというではなし、たかだか船の中の車座、そんな事は平気な野郎も、酒樽の三番叟《
前へ 次へ
全189ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング