《しさい》はない。」
ト見ると襖から承塵《なげし》へかけた、雨《あま》じみの魍魎《もうりょう》と、肩を並べて、その頭《かしら》、鴨居《かもい》を越した偉大の人物。眉太く、眼円《まなこつぶら》に、鼻隆うして口の角《けた》なるが、頬肉《ほおじし》豊《ゆたか》に、あっぱれの人品なり。生《き》びらの帷子《かたびら》に引手のごとき漆紋の着いたるに、白き襟をかさね、同一《おなじ》色の無地の袴《はかま》、折目高に穿《は》いたのが、襖一杯にぬっくと立った。ゆき短《みじか》な右の手に、畳んだままの扇を取って、温顔に微笑を含み、動《ゆる》ぎ出でつ、ともなく客僧の前へのっしと坐ると、気に圧《お》された僧は、ひしと茶斑《ちゃまだら》の大牛に引敷《ひっし》かれたる心地がした。
はっと机に、突俯《つッぷ》そうとする胸を支えて、
「誰だ。」
と言った。
「六十余州、罷通《まかりとお》るものじゃ。」
「何と申す、何人《なんぴと》……」
「到る処の悪左衛門、」
と扇子を構えて、
「唯今、秋谷に罷在《まかりあ》る、すなわち秋谷悪左衛門と申す。」
「悪…………」
「悪は善悪の悪でござる。」
「おお、悪……魔、人間を
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