いた。
隙《すか》さず、この不気味な和郎を、女房から押隔てて、荷を真中《まんなか》へ振込むと、流眄《しりめ》に一|睨《にら》み、直ぐ、急足《いそぎあし》になるあとから、和郎は、のそのそ――大《おおき》な影を引いて続く。
「御覧《ごろう》じまし、あの通り困ったものでござります。」
法師も言葉なく見送るうち、沖から来るか、途絶えては、ずしりと崖を打つ音が、松風と行違いに、向うの山に三度ばかり浪の調べを通わすほどに、紅白|段々《だんだら》の洋傘《こうもり》は、小さく鞠《まり》のようになって、人の頭《かしら》が入交《いれま》ぜに、空へ突きながら行《ゆ》くかと見えて、一条道《ひとすじみち》のそこまでは一軒の苫屋《とまや》もない、彼方《かなた》大崩壊の腰を、点々《ぽつぽつ》。
五
「あれ、あの大崩壊《おおくずれ》の崖の前途《むこう》へ、皆が見えなくなりました。
ちょうど、あれを出ました、下の浜でござります。唯今《ただいま》の狂人《きちがい》が、酒に酔って打倒《ぶったお》れておりましたのは……はい、あれは嘉吉と申しまして、私等《わしら》秋谷在の、いけずな野郎でござりましての。
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