なり、ばったり消えて、何の事もありませんでしたが、もしやの時と、皆《みんな》が心掛けておきました、蝋燭《ろうそく》を点《つ》けて、跡始末に掛《かか》ると、さあ、可訝《おかし》いのは、今の、怪我で取落した小刀《ナイフ》が影も見えないではありませんか。
驚きました。これにゃ、皆《みんな》が貴僧《あなた》、茶釜《ちゃがま》の中へ紛れ込んで祟《たた》るとか俗に言う、あの蜥蜴《とかげ》の尻尾《しっぽ》の切れたのが、行方知れずになったより余程《よっぽど》厭な紛失もの。襟へ入っていはしないか、むずむずするの、褌《ふんどし》へささっちゃおらんか、ひやりとするの、袂《たもと》か、裾《すそ》か、と立つ、坐る、帯を解きます。
前にも一度、大掃除の検査に、階子《はしご》をさして天井へ上った、警官《おまわり》さんの洋剣《サアベル》が、何かの拍子に倒《さかさま》になって、鍔元《つばもと》が緩んでいたか、すっと抜出《ぬけだ》したために、下に居たものが一人、切られた事がある座敷だそうで。
外のものとは違う。切物《きれもの》は危い、よく探さっしゃい、針を使ってさえ始める時と了《しま》う時には、ちゃんと数を合わせるものだ。それでもよく紛失するが、畳の目にこぼれた針は、奈落へ落ちて地獄の山の草に生える。で、餓鬼が突刺される。その供養のために、毎年六月の一日は、氷室《ひむろ》の朔日《ついたち》と云って、少《わか》い娘が娘同士、自分で小鍋立《こなべだ》ての飯《まま》ごとをして、客にも呼ばれ、呼びもしたものだに、あのギラギラした小刀《ナイフ》が、縁の下か、天井か、承塵《なげし》の途中か、在所《ありどころ》が知れぬ、とあっては済まぬ。これだけは夜一夜《よっぴて》さがせ、と中に居た、酒のみの年寄が苦り切ったので、総立ちになりました。
これは、私だって気味が悪かったんです。」
僧はただ目で応《こた》え、目で頷《うなず》く。
二十四
「洋燈《ランプ》の火でさえ、大概|度胆《どぎも》を抜かれたのが、頼みに思った豪傑は負傷するし、今の話でまた変な気になる時分が、夜も深々と更けたでしょう。
どんな事で、どこから抛《ほう》り投げまいものでもない。何か、対手《あいて》の方も斟酌《しんしゃく》をするか、それとも誰も殺すほどの罪もないか、命に別条はまず無かろうが、怪我は今までにも随分ある。
さあ、捜す、となると、五人の天窓《あたま》へ燭台《しょくだい》が一ツです。蝋《ろう》の継ぎ足しはあるにして、一時《いっとき》に燃すと翌方《あけがた》までの便《たより》がないので、手分けをするわけには行《ゆ》きません。
もうそうなりますとね、一人じゃ先へ立つのも厭《いや》がりますから、そこで私が案内する、と背後《あと》からぞろぞろ。その晩は、鶴谷の檀那寺《だんなでら》の納所《なっしょ》だ、という悟った禅坊さんが一人。変化《へんげ》出でよ、一喝《いっかつ》で、という宵の内の意気組で居たんです。ちっとお差合いですね、」
「いえ、宗旨違いでございます、」
と吃驚《びっくり》したように莞爾《にっこり》する。
「坊さんまじりその人数《にんず》で。これが向うの曲角から、突当りのはばかりへ、廻縁《まわりえん》になっています。ぐるりとその両側、雨戸を開けて、沓脱《くつぬぎ》のまわり、縁の下を覗《のぞ》いて、念のため引返して、また便所《はばかり》の中まで探したが、光るものは火屋《ほや》の欠《かけら》も落ちてはいません。
じゃあ次の室《ま》を……」
と振返って、その大《おおき》なる襖《ふすま》を指した。
「と皆《みんな》が云うから、私は留めました。
ここを借りて、一室《ひとま》だけでも広過ぎるから、来てからまだ一度も次の室《ま》は覗《のぞ》いて見ない。こういう時開けては不可《いけ》ません。廊下から、厠《かわや》までは、宵から通った人もある。転倒《てんどう》している最中、どんな拍子で我知らず持って立って、落して来ないとも限らんから、念のため捜したものの、誰も開けない次の室《ま》へ行ってるようでは、何かが秘《かく》したんだろうから、よし有ったにした処で、先方《さき》にもしその気があれば、怪我もさせよう、傷もつけよう。さて無い、となると、やっぱり気が済まんのは同一《おんなじ》道理。押入も覗《のぞ》け、棚も見ろ、天井も捜せ、根太板をはがせ、となっては、何十人でかかった処で、とてもこの構えうち隅々まで隈《くま》なく見尽される訳のものではない。人足の通った、ありそうな処だけで切上げたが可《い》いでしょう――
それもそうか、いよいよ魔隠しに隠したものなら、山だか川だか、知れたものではない。
まあ、人間|業《わざ》で叶《かな》わん事に、断念《あきら》めは着きましたが、危険《けんのん》な事には変わり
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