ございますか。」
「ですから、取留めのない事ではありませんか。」
と静《しずか》に云うと、黙って、ややあって瞬《またたき》して、
「さよう、余り取留めなくもないようでございます。すると、坐っているものはいかがな儀に相成りましょうか。」
「騒がないで、熟《じっ》としていさえすれば、何事もありません。動くと申して、別に倒《さかさ》に立って、裏返しになるというんじゃないのですから、」
「いかにも、まともにそれじゃ、人間が縁の下へ投込まれる事になりますものな。」
「そうですとも。そうなった日には、足の裏を膠《にかわ》で附着《くッつ》けておかねばなりません。
何ともないから、お騒ぎなさるなと云っても、村の人が肯《き》かないで、畳のこの合せ目が、」
と手を支《つ》いて、ずっと掌《てのひら》を辷《すべ》らしながら、
「はじめに、長い三角だの、小さな四角に、縁《ふち》を開けて、きしきしと合ったり、がらがらと離れたり、しかし、その疾《はや》い事は、稲妻のように見えます。
そうするともう、わっと言って、飛ぶやら刎《は》ねるやら、やあ!と踏張《ふんば》って両方の握拳《にぎりこぶし》で押えつける者もあれば、いきなり三宝|火箸《ひばし》でも火吹竹でも宙で振廻す人もある――まあ一人や二人は、きっとそれだけで縁から飛出して遁《に》げて行《ゆ》きます。」
二十三
「どたん、ばたん、豪《えら》い騒ぎ。その立騒ぐのに連れて、むくむくむくむく、と畳を、貴僧《あなた》、四隅から持上げますが、二隅ずつ、どん、どん、順に十畳敷を一時《いっとき》に十ウ、下から握拳を突出すようです。それ毛だらけだ、わあ女の腕だなんて言いますが、何、その畳の隅が裏返るように目まぐるしく飜《かえ》るんです。
もうそうなると、気の上《あが》った各自《てんで》が、自分の手足で、茶碗を蹴飛《けと》ばす、徳利《とっくり》を踏倒す、海嘯《つなみ》だ、と喚《わめ》きましょう。
その立廻りで、何かの拍子にゃ怪我もします、踏切ったくらいでも、ものがものですから、片足切られたほどに思って、それがために寝ついたのもあるんだそうで。漁師だとか言いましたっけ。一人、わざわざ山越えで浜の方から来たんだって、怪物《ばけもの》に負けない禁厭《まじない》だ、と※[#「魚+覃」、第3水準1−94−50]《えい》の針を顱鉄《はちがね》がわりに、手拭《てぬぐい》に畳込んで、うしろ顱巻《はちまき》なんぞして、非常な勢《いきおい》だったんですが、猪口《ちょこ》の欠《かけ》の踏抜きで、痛《いたみ》が甚《ひど》い、お祟《たたり》だ、と人に負《おぶ》さって帰りました。
その立廻りですもの。灯《あかり》が危いから傍《わき》へ退《の》いて、私はそのたびに洋燈《ランプ》を圧《おさ》え圧えしたんですがね。
坐ってる人が、ほんとに転覆《ひっくりかえ》るほど、根太《ねだ》から揺れるのでない証拠には、私が気を着けています洋燈《ランプ》は、躍りはためくその畳の上でも、静《じっ》として、ちっとも動きはせんのです。
しかしまた洋燈ばかりが、笠から始めて、ぐるぐると廻った事がありました。やがて貴僧《あなた》、風車《かざぐるま》のように舞う、その癖、場所は変らないので、あれあれと云う内に火が真丸《まんまる》になる、と見ている内、白くなって、それに蒼味《あおみ》がさして、茫《ぼう》として、熟《じっ》と据《すわ》る、その厭《いや》な光ったら。
映る手なんざ、水へ突込《つッこ》んでるように、畝《うね》ったこの筋までが蒼白く透通って、各自《てんで》の顔は、皆《みんな》その熟した真桑瓜《まくわうり》に目鼻がついたように黄色くなったのを、見合せて、呼吸《いき》を詰める、とふわふわと浮いて出て、その晩の座がしらという、一番強がった男の膝へ、ふッと乗ったことがあるんですね。
わッと云うから、騒いじゃ怪我をしますよ、と私が暗い中で声を掛けたのに、猫化《ねこばけ》だ遣《やっ》つけろ、と誰だか一人、庭へ飛出して遁《に》げながら喚《わめ》いた者がある。畜生、と怒鳴って、貴僧、危いの何のじゃない!
※[#「火+發」、189−13]《ぱっ》と明《あかる》くなって旧《もと》の通《とおり》洋燈が見えると、その膝に乗られた男が――こりゃ何です、可《い》い加減な年配でした――かつて水兵をした事があるとか云って、かねて用意をしたものらしい、ドギドギする小刀《ナイフ》を、火屋《ほや》の中から縦に突刺してるじゃありませんか。」
「大変で、はあ、はあ、」
「ト思うと一|呼吸《いき》に、油壺をかけて突壊《つきこわ》したもんだから、流れるような石油で、どうも、後二日ばかり弱りました。
その時は幸に、当人、手に疵《きず》をつけただけ、勢《いきおい》で壊したから、火はそれ
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