およそ天下に、夜《よ》を一目も寝ぬはあっても、瞬《またたき》をせぬ人間は決してあるまい。悪左衛門をはじめ夥間《なかま》一統、すなわちその人間の瞬く間を世界とする――瞬くという一秒時には、日輪の光によって、御身《おみ》等が顔容《かおかたち》、衣服の一切《すべて》、睫毛《まつげ》までも写し取らせて、御身等その生命の終る後、幾百年にも活《い》けるがごとく伝えらるる長い時間のあるを知るか。石と樹と相打って、火をほとばしらすも瞬く間、またその消ゆるも瞬く間、銃丸の人を貫くも瞬く間だ。
すべて一たびただ一|人《にん》の瞬きする間に、水も流れ、風も吹く、木《こ》の葉も青し、日も赤い。天下に何一つ消え失《う》するものは無うして、ただその瞬間、その瞬く者にのみ消え失すると知らば、我等が世にあることを怪《あやし》むまい。」
と悠然として打頷《うちうなず》き、
「そこでじゃ、客僧。
たといその者の、自から招く禍《わざわい》とは言え、月のたちまち雲に隠れて、世の暗くなるは怪《あやし》まず、行燈《あんどう》の火の不意に消ゆるに喚《わめ》き、天に星の飛ぶを訝《いぶか》らず、地に瓜《うり》の躍るに絶叫する者どもが、われら一類が為《な》す業《わざ》に怯《おびや》かされて、その者、心を破り、気を傷《きずつ》け、身を損《そこな》えば、おのずから引いて、我等修業の妨《さまたげ》となり、従うて罪の障《さわり》となって、実は大《おおい》に迷惑いたす。」
と、やや歎息をするようだったが、更《あらた》めて、また言った。
「時に、この邸には、当月はじめつ方《かた》から、別に逗留《とうりゅう》の客がある。同一《おなじ》境涯にある御仁《ごじん》じゃ。われら附添って眷属《けんぞく》ども一同守護をいたすに、元来、人足《ひとあし》の絶えた空屋を求めて便《たよ》った処を、唯今《ただいま》眠りおる少年の、身にも命にも替うる願《ねがい》あって、身命を賭物《かけもの》にして、推して草叢《くさむら》に足痕《あしあと》を留めた以来、とかく人出入騒々しく、かたがた妨げに相成るから、われら承って片端から追払《おっぱら》うが、弱ったのはこの少年じゃ。
顔容《かおかたち》に似ぬその志の堅固さよ。ただお伽《とぎ》めいた事のみ語って、自からその愚《おろか》さを恥じて、客僧、御身にも話すまいが、や、この方実は、もそっと手酷《てひど》い試《こころみ》をやった。
あるいは大磐石を胸に落し、我その上に蹈跨《ふみまたが》って咽喉《のど》を緊《し》め、五体に七筋の蛇を絡《まと》わし、牙《きば》ある蜥蜴《とかげ》に噛《か》ませてまで呪《のろ》うたが、頑として退かず、悠々と歌を唄うに、我《が》折れ果てた。
よって最後の試み、としてたった今、少年《これ》に人を殺させた――すなわち殺された者は、客僧、御身《おみ》じゃよ。」
と、じろじろと見るのである。
覚悟しながら戦《おのの》いて、
「ここは、ここは、ここは、冥土《めいど》か。」
と目ばかり働く、その顔を見て、でっぷりとした頬に笑を湛《たた》え、くつくつ忍笑《しのびわら》いして、
「いや、別条はない。が、ちょうどこの少年の、いまし魘《うな》された時、客僧、何と、胸が痛かったろう。」
ズキリと応《こた》えて、
「おお、」
「すなわち少年が、御身に毒を飲ませたのだ。」
「…………」
「別でない。それそれその戸袋に載《の》った朱泥《しゅでい》の水差《みずさし》、それに汲《く》んだは井戸の水じゃが、久しい埋井《うもれい》じゃに因って、水の色が真蒼《まっさお》じゃ、まるで透通る草の汁よ。
客僧等が茶を参った、爺《じじい》が汲んで来た、あれは川水。その白濁《しろにごり》がまだしも、と他の者はそれを用いる、がこの少年は、前《さき》に猫の死骸の流れたのを見たために、得《え》飲まずしてこの井戸のを仰ぐ。
今も言う通りだ。殺さぬまでに現責《うつつぜめ》に苦しめ呪うがゆえ、生命《いのち》を縮めては相成らぬで、毎夜少年の気着かぬ間に、振袖に緋《ひ》の扱帯《しごきおび》した、面《つら》が狗《いぬ》の、召使に持たせて、われら秘蔵の濃緑《こみどり》の酒を、瑠璃色《るりいろ》の瑪瑙《めのう》の壺《つぼ》から、回生剤《きつけ》として、その水にしたたらして置くが習《ならい》じゃ。」
四十二
「少年は味《あじお》うて、天与の霊泉と舌鼓を打っておる。
我ら、いまし少年の魂に命じて、すなわちその酒を客僧に勧め飲ましむる夢を見させたわ。(ただ一口試みられよ、爽《さわやか》な涼しい芳《かんば》しい酒の味がする、)と云うに因って、客僧、御身《おんみ》はなおさら猶予《ためら》う、手が出ぬわ。」
とまた微笑《ほほえ》み、
「毒味までしたれば、と少年は、ぐと飲み飲み、無理に勧め
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