あかはちまき》をかなぐって、
「こりゃ、はい、御坊様御免なせえまし。御本家からも宜《よろ》しくでござりやす。いずれ喜十郎様お目に懸《かか》りますだが、まず緩《ゆっく》りと休まっしゃりましとよ。
私《わし》こういうぞんざいもんだで、お辞儀の仕様もねえ。婆様がよッくハイ御挨拶しろと云うてね、お前様|旨《うま》がらしっけえ、団子をことづけて寄越《よこ》しやした。茶受《ちゃうけ》にさっしゃりやし。あとで私が蚊いぶしを才覚しながら、ぶつぶつ渋茶を煮立てますべい。
それよりか、お前様、腹アすかっしゃったろうと思うで、御本家からまた重詰めにして寄越さしった、そいつをぶら下げながら苦虫が、右のお前様、キャアでけつかる。
門外の草原を、まるで川の瀬さ渡るように、三人がふらふらよちよち、モノ小半時かかったが、芸もねえ、えら遅くなって済まんしねえ。」
「何とも御苦労、」
と僧は慇懃《いんぎん》に頭《つむり》をさげる。
「その人たちは、どうしたのかね。」
と明が尋ねた。
「はい、それさ、そのキャアだから、お前様、どうした仁右衛門と、云うと、苦虫が、面《つら》さ渋くして、(ああ、厭《いや》なものを見た。おらが鼻の尖《さき》を、ひいらひいら、あの生白《なまちら》けた芋の葉の長面《ながづら》が、ニタニタ笑えながら横に飛んだ。精霊棚の瓢箪《ひょうたん》が、ひとりでにぽたりと落ちても、御先祖の戒《いましめ》とは思わねえで、酒も留《や》めねえ己《おら》だけんど、それにゃ蔓《つる》が枯れたちゅう道理がある。風もねえに芋の葉が宙を歩行《ある》くわけはねえ。ああ、厭だ、総毛立つ、内へ帰って夜具を被《かぶ》って、ずッしり汗でも取らねえでは、煩いそうに頭も重い。)
と縮《すく》むだね。
例《いつも》の小児《こども》が駆出したろう、とそう言うと、なお悪い。あの声を聞くと堪《たま》らねえ。あれ、あれ、石を鳴らすのが、谷戸《やと》に響く。時刻も七ツじゃ、と蒼《あお》くなって、風呂敷包|打置《ぶちお》いて、ひょろひょろ帰るだ。
先生様、ではお前様、その重箱を提げてくれさっせえ、と私《わし》が頼むとね。
(厭だ、)と云っけい。
(はてね、なぜでがす。)
ここさ、お客様の前《めえ》だけんど、気にかけて下せえますなよ。
(軍歌でもやるならまだの事、子守や手毬唄なんかひねくる様な奴《やつ》の、弁当持って堪るものか。)
と吐《こ》くでねえか。
奴は朋友《ともだち》に聞いた、と云うだが、いずれ怪物《ばけもの》退治に来た連中からだんべい。
お客様何でがすか、お前様、子守唄|拵《こさ》えさっしゃるかね。袋戸棚の障子へ、書いたもの貼《は》っとかっしゃるのは、もの、それかね。」
明は恥じたる色があった。
「こしらえるのじゃない、聞いたのを書き留めて置くんです。数があって忘れるから、」
「はあ、私《わし》はまた、こんな恐怖《おっかね》え処《とこ》に落着いていさっしゃるお前様だ。
怨敵《おんてき》退散の貼御符《はりごふう》かと思ったが。
何か、ハイ、わけは分《わか》ンねえがね、悪く言ったのがグッと癪《しゃく》に障《さわ》ったで、
(なら可《よ》うがす、客人のものは持ってもれえますめえ、が、お前様、学校の先生様だ。可《よ》し、私あハイ、何も教えちゃもらわねえだで、師匠じゃねえ、同士に歩行《ある》くだら朋達《ともだち》だっぺい。蟹の宰八が手ンぼうの助力さっせえ。)
と極《き》めつけたさ。
帽子の下で目を据えたよ。
(貴様のような友達は持たん、失敬な。)と云って引返したわ。何か託《かこつ》け、根は臆病で遁《に》げただよ。見さっせえ、韋駄天《いだてん》のように木の下を駆出し、川べりの遠くへ行く仁右衛門親仁を、
(おおい、おおい、)
と茶番の定九郎《さだくろう》を極《き》めやあがる。」
三十四
その夜に限って何事もなく、静かに。……寝ようという時、初夜過ぎた。
宰八が手燭《てしょく》に送られて、広縁を折曲って、遥《はる》かに廻廊を通った僧は、雨戸の並木を越えたようで、故郷《ふるさと》には蚊帳を釣って、一人寂しく友が待つ思《おもい》がある。
「ここかい。」
「それを左へ開けさっせえまし、入口の板敷から二ツ目のが、男が立って遣《や》るのでがす。行抜けに北の縁側へも出られますで、お前様《めえさま》帰りがけに取違えてはなんねえだよ。
二三年この方、向うへは誰も通抜けた事がねえで、当節柄じゃ、迷込んではどこへ行くか、ハイ方角が着きましねえ。」
「もう分りましたよ。」
「可《よ》かあねえ、私《わし》、ここに待っとるで、燈《あかり》をたよりに出て来さっせえ。
私も、この障子の多《いか》いこと続いたのに、めらめら破れのある工合《ぐあい》が、ハイ一ツ一ツ白髑髏《しゃれか
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