っ》と吐《つ》き、
「まずおめでたい、ではその唄が知れましたか。」
「どうして唄は知れませんが、声だけは、どうやらその人……いいえ、……そのものであるらしい。この手毬を弄《もてあそ》ぶのは、確《たしか》にその婦人《おんな》であろう。その婦人は何となく、この空邸《あきやしき》に姿が見えるように思われます。……むしろ私はそう信じています。
爺さんに強請《ねだ》って、ここを一|室《ま》借りましたが、借りた日にはもう其の手毬を取返され――私は取返されたと思うんですね――美しく気高い、その婦人《おんな》の心では、私のようなものに拾わせるのではなかったでしょう。
あるいはこれを、小川の裾《すそ》の秋谷明神へ届けるのであったかも分らない。そうすると、名所だ、と云う、浦の、あの、子産石をこぼれる石は、以来手毬の糸が染まって、五彩|燦爛《さんらん》として迸《ほとばし》る。この色が、紫に、緑に、紺青《こんじょう》に、藍碧《らんぺき》に波を射て、太平洋へ月夜の虹《にじ》を敷いたのであろうも計られません、」
とまた恍惚《うっとり》となったが、頸《うなじ》を垂れて、
「その祟《たたり》、その罪です。このすべての怪異は。――自分の慾《よく》のために、自分の恋のために、途中でその手毬を拾った罰だろう、と思う、思うんです。
祟らば祟れ!飽くまでも初一念を貫いて、その唄を聞かねば置かない。
心の迷《まよい》か知れませんが。目《ま》のあたり見ます、怪しさも、凄《すご》さも、もしや、それが望みの唄を、何人《なんぴと》かが暗示するのであろうも知れん、と思って、こうその口ずさんで見るんです――行燈《あんどう》が宙へ浮きましょう。
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(美しき君の姿は、
萌黄《もえぎ》の蚊帳を、
蚊帳のまわりを、姿はなしに、
通る行燈《あんど》の俤《おもかげ》や。)……
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勿論、こんなのではありません。または、
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(美しき君の庵《いおり》は、[#底本では冒頭に「(」なし]
前の畑に影さして、
棟の草も露に濡れつつ、
月の桂《かつら》が茅屋《かやや》にかかる。)……
[#ここで字下げ終わり]
ちっとも似てはおらんのです。屋根で鵝鳥《がちょう》が鳴く時は、波に攫《さら》われるのであろうと思い、板戸に馬の影がさせば、修羅道に堕《お》ちるか、と驚きながらも、
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(屋根で鵝鳥の鳴き叫ぶ、
板戸に駒《こま》の影がさす。)
[#ここで字下げ終わり]
と、現《うつつ》にも、絶えず耳に聞きますけれど、それだと心は頷《うなず》きません。
いかなる事も堪忍んで、どうぞその唄を聞きたい、とこうして参籠をしているんですが、祟《たたり》ならばよし罪は厭《いと》わん、」
と激しく言いつつ、心づいて、悄然《しょうぜん》として僧を見た。
「ただその、手毬を取返したのは、唄は教えない、という宣告じゃあなかろうか、とそう思うと情《なさけ》ない。
ああ、お話が八岐《やちまた》になって、手毬は……そうです。天井から猫が落ちます以前、私が縁側へ一人で坐っています処へ、あの白粉《おしろい》の花の蔭から、芋※[#「くさかんむり/更」、221−3]《ずいき》の葉を顔に当てた小児《こども》が三人、ちょろちょろと出て来て、不思議そうに私を見ながら、犬ころがなつくように傍《そば》へ寄ると、縁側から覗込《のぞきこ》んで、手毬を見つけて、三人でうなずき合って、
(それをおくれ。)と言います。
(お前たちのか。)
と聞くと、頭《かぶり》を掉《ふ》るから、
(じゃ、小父《おじ》さんのだ。)と言うと、男が毬を、という調子に、
(わはは)と笑って、それなりに、ちらちらとどこかへ取って行ったんでした。」――
三十三
「何、私《わし》がうわさしていさっせえた処だって……はあ、お前様《めえさま》二人でかね。」
どッこいしょ、と立ったまま、広縁が高いから、背負《しょ》って来た風呂敷包は、腰ぎりにちょうど乗る。
「だら、可《い》いけんども、」
と結目《むすびめ》を解下《ときお》ろして、
「天井裏でうわさべいされちゃ堪《たま》んねえだ。」
と声を密《ひそ》めたが、宰八は直ぐ高調子、
「いんね、私《わし》一人じゃござりましねえ。喜十郎様が許《とこ》の仁右衛門の苦虫《にがむし》と、学校の先生ちゅが、同士にはい、門前《もんまえ》まで来っけえがの。
あの、樹の下の、暗え中へ頭|突込《つッこ》んだと思わっせえまし、お前様、苦虫の親仁《おやじ》が年効《としがい》もねえ、新造子《しんぞっこ》が抱着かれたように、キャアと云うだ。」
「どうしたんです。」
「何かまた、」
と、僧も夜具包の上から伸上って顔を出した。
宰八|紅顱巻《
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